第17話 酒は人を救い、宗派を生む(救わない)

酒造りが始まったのは、完全な事故だった。


「……いや、違うんだ」


俺は何度目か分からない弁明をしていた。


「属性もやしに魔力通したら、たまたま発酵が進んだだけで」

「酒を作ろうと思ったわけじゃない」


だが、その言葉を聞いている者は、誰一人としていなかった。


理由は簡単だ。


目の前に、光っている酒樽があるからだ。


淡く赤く輝く樽。

青白い霧を吐く樽。

雷がぱちぱち走っている樽。

なぜか重力が不安定な樽。


──属性付きもやし酒。


どう考えても、やってはいけない領域だった。


「奇跡だ……」

「神話だ……」

「いや、これは宗教だ」


誰かが言った瞬間、嫌な予感がした。


予感は、だいたい当たる。



最初に割れたのは、火属性酒派だった。


「火酒こそ至高!」

「飲んだ瞬間、血が燃える!」

「戦士の酒だ!」


主張がうるさい。

声がでかい。

主にドワーフ。


次に現れたのが、水属性酒派。


「いや、落ち着け」

「回復力と精神安定効果は水が上」

「飲んだ後にちゃんと帰れる」


主にエルフ。

声は小さいが、目が本気。


そこへ割り込んでくる、風属性酒派。


「酔いが軽い!」

「翌日に残らない!」

「仕事前でもいける!」


商人と人間が多い。

一番現実的で、一番数が多い。


俺はこの時点で察していた。


──あ、これダメなやつだ。



さらに問題なのは、派閥名が勝手に決まり始めたことだった。


火属性派は自称した。


「我らは《燃醒派ねんせいは》!」


水属性派も名乗る。


「《清流派》です。下品な名前はやめてください」


風属性派が即座に反論。


「じゃあ俺ら《無翌日派》な」


意味が分からない。


「おい待て待て」

「なんで宗派名ついてんだ」

「酒の好みだろ、ただの」


俺の声は、樽の光にかき消された。



そこに、闇属性酒が完成した。


完成させたのは、たまたま通りかかったダークエルフだった。


「……寝かせたら、こうなった」


黒い。

飲む前から眠くなる。


試飲した結果。


「……五分で寝た」

「起きたら三日経ってた」

「人生観が変わった」


──闇属性酒派、爆誕。


「これは“内省の酒”」

「飲むことで己と向き合う」

「火派は浅い」


火派、即キレる。


「酔って寝ただけだろ!」



ここで俺は、完全に諦めた。


止めても無駄だ。

止められる段階は、もう過ぎている。


案の定、議論は信仰論争に発展した。


「どの酒が“もやし神の意思”に近いか」

「どの属性が最初だったか」

「納豆菌を尊ぶべきか否か」


知らん。

全部知らん。


「本人、ここにいるんだけど!?」


誰も聞いていない。



ついに、国名決定会議が始まった。


勝手に。


「国名は《燃醒国》で!」

「却下です。清らかさがありません」

「《発酵連邦》が妥当では?」


そこで俺が一言。


「……国名、いる?」


全員が振り向いた。


「神が何を言っている」

「国家に名は必要」

「信仰と秩序の象徴だ」


神じゃねえ。



さらに悪いことに、国旗案が出始めた。


赤派「赤は生命と情熱!」

青派「いや青は癒しと知恵!」

黒派「闇は真理」


旗の色で口論が始まり、

危うく内戦になりかけた。


その横で、俺は何をしていたか。


──属性もやしの品種改良だ。


「火と水配合したらどうなるかな」

「……蒸しもやし?」


完全に現実逃避だった。



数時間後。


新しい酒ができた。


「……おい」

「これ、うまくね?」


火水混合酒。

飲むと温かく、後味が優しい。


全派閥、沈黙。


「……」

「……これでよくない?」


宗教戦争、一瞬で終結。


俺は思った。


──人類、酒の前では平等。



その夜、祭りが始まった。


異種族合同もやし&発酵祭。


歌うドワーフ。

踊るエルフ。

静かに酔ってる闇派。


俺は端っこで、もやしを食っていた。


「……なんでこうなった」


誰も答えない。


ただ一つ確かなのは、


俺が名前を持たないまま、

「無職もやし神」と呼ばれ、

国が生え、

宗派が生まれ、

酒が世界を壊し始めているという事実だけだった。


「……女神、次降りてきたら殴る」


空を見上げると、

なぜか星が一つ、震えていた。


たぶん、逃げた。

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