第10話 女神はまた食材を置いていき、神殿はさらに炎上する
磔刑が終わってはや数週間。
俺は、普通に生きていた。
神殿の地下牢とか、異端隔離区画とか、そういう場所ではない。
なぜか、町外れの空き家だった。
「……なんで?」
目が覚めて最初に出た言葉が、それだった。
身体は元気。
腹は減っている。
つまり、いつも通りだ。
「処刑したんじゃなかったのか……?」
数週間前に起きたことを思い出す。
十字架。
神官。
民衆。
もやし。
フル回復。
「……もやし、すごいな」
感想がそれしか出てこなかった。
表向きは平穏だが、
王都からの視線が消えたわけではない。
⸻
外がやけに騒がしい。
戸を開けると、見覚えのある顔が何人もいた。
昨日、磔を見ていた民衆だ。
全員、真剣な顔をしている。
「……あの」
俺が声をかけると、全員が一斉に跪いた。
「えっ」
「発酵もやし神様……!」
「無職もやし神様……!」
「白き芽の御方……!」
呼び名が増えている。
「ちょ、待て待て」
慌てて手を振る。
「神じゃないって言ってるだろ。無職だって」
「はい!」
即答だった。
否定が、肯定として処理されている。
怖い。
「神殿は……?」
聞くと、空気が一変した。
「……逃げました」
「逃げたの?」
「はい」
「王都サンクティアから、正式に通達が出ました」
通達。
嫌な予感しかしない。
⸻
その通達は、街中に貼り出されていた。
『告知』
『発酵行為は神の領域を侵す異端行為である』
『発酵食品の製造・摂取・布教を禁ずる』
『違反者は浄化対象とする』
「……発酵って、そんなに悪いか?」
納豆を食べながら首を傾げる。
民衆がざわついた。
「神殿は、もやし神様の奇跡を否定しました」
「腹が満たされるのは神の御業ではないと」
「発酵は悪魔の技術だそうです」
「へぇ……」
納豆をかき混ぜる。
糸が伸びる。
「……それ、何ですか?」
「納豆」
「……それも発酵ですか?」
「そうだけど」
その瞬間。
誰かが叫んだ。
「異端だー!!」
……民衆の中から。
「神殿が言ってた!」
「発酵は異端だって!」
「でも、もやし神様は生きてる!」
「じゃあ神殿が間違ってるのでは?」
論理が雑すぎる。
だが、勢いは正しかった。
⸻
その時だった。
空が光った。
「……あ」
嫌な予感が、確信に変わる。
天から、見覚えのある女が降ってきた。
「ご、ごめんなさ〜〜〜い!!」
女神だった。
派手な土下座。
毎回完璧なフォーム。
「また来たのか……」
「違うの!今回は本当にフォローだから!」
そう言って、何かを地面に置く。
箱だ。
「なにこれ」
「発酵補助スターターセット!」
嫌な単語しかない。
「ヨーグルト菌、麹菌、乳酸菌、あとチーズ用の!」
「なんで毎回食料なんだよ!!」
「あ、全部成功するとは限らないからね♡」
思わず叫んだ。
「だって便利でしょ!」
「この世界、菌の概念ないし!」
周囲がざわつく。
「菌……?」
「見えない生き物……?」
神殿が聞いたら卒倒するワードだ。
「それで手打ちにしようとしてる?」
「うん!」
即答。
「……謝る気ある?」
「あるある!」
「ほら、これで発酵も安全に!」
「安全とかいう問題じゃない!」
⸻
女神が去った後。
箱を前に、民衆が沈黙する。
「……使って、いいんですか?」
「別に……俺は困らんけど」
結果。
使った。
ヨーグルトを作った。
チーズを作った。
麹で謎の高級肉を発酵させた。
結果。
「……治癒効果が三倍になった」
「寿命、延びてないか?」
「これ、聖遺物では?」
違う。
ただの食いもんだ。
⸻
翌日。
王都サンクティアから、再通達が来た。
『発酵無職もやし神を信仰する行為を禁ずる』
民衆が、静かに紙を見つめる。
そして。
「……信仰、やめます?」
誰かが言った。
別の誰かが首を振る。
「腹いっぱいになる方を信じる」
迷う者もいた。
だが腹が満たされた者の声の方が大きかった。
⸻
こうして。
神殿はまた一つ、信頼を失い。
俺はまた一つ、変な二つ名を増やした。
「発酵無職もやし神」
いや、だから無職だって。
そして俺は、今日も考える。
「……次は何作ろう」
世界がどうなってるかは、知らない。
だが一つだけ、確信している。
女神は、次も絶対、食材を持ってくる。
間違いない。
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