第9話 死んだはずの無職が、世界を困らせ続けている件

――処刑騒ぎから、さらに数日が経った。


俺は、生きていた。


これは比喩でも宗教的表現でもなく、

文字通り、普通に。


息をして、腹が減って、もやしを食っている。


問題は、それを世界がどう扱っているかだった。



王都サンクティア。


神殿は沈黙していた。


沈黙、といっても何もしていないわけではない。

むしろ逆だ。


・新しい通達は出ない

・以前の異端告知は撤回されない

・だが追加の処罰も行われない


つまり――

「死んだことにした異端が、なぜか影響を与え続けている」状況を、

どう扱えばいいのか分からなくなっていた。


神殿にとって、これは最悪だった。


異端は「排除」できるから異端なのだ。

排除できない異端は、概念としてバグである。


捕まえれば信仰が燃え上がり、

放置すれば静かに広がる。

神殿はその板挟みだった。



一方で、民の側は単純だった。


「……あれ、生きてね?」

「いや、記録上は死んだらしい」

「でも祠増えてるぞ」

「腹も減らなくなった」


結果、こうなる。


「じゃあ神殿が嘘ついてるのでは?」


議論は一瞬で終わった。

腹が満たされる側が勝つ。


王都の裏路地では、静かに変化が起きていた。


・祠が増える

・祈りが変わる

・供物が、剣や金ではなく“食材”になる


「発酵無職もやし神」

「乳酸派」

「白き芽の御方」


呼び名は増え続けていた。


本人の知らないところで。



で、当の本人。


俺はというと、王都から少し離れた、

神殿の権威が届きにくい場所で―― 半ば“放置”されていた。

神殿は俺を捕まえない。

民は俺を囲わない。


理由は簡単だ。


どう扱えばいいか分からないから。


殺したことにした相手が生きている。

だが手を出せば、また「奇跡」になる。

放置すれば、信仰が勝手に育つ。


完全に詰みだ。


俺は古い家の軒先で、もやしを洗いながら思った。


「……俺、何もしてないよな?」


納豆作った。

ケフィア作った。


以上。


それだけで、神殿が混乱し、

貴族が動きを止め、

民が腹を満たしている。


(理不尽すぎる)



そんな中。


王都の役人たちは、地獄を見ていた。


・異端は死んだことになっている

・だが異端信仰が増えている

・しかも祈りの内容が「腹が減りませんように」


これ、否定しづらい。


「神殿様! 祠を壊していいんですか!」

「いや……それは……民が……」

「では放置で?」

「いや、それも……」


書類が増える。

会議が増える。

結論が出ない。


官僚地獄である。



そして、追い打ち。


「……白い飲み物が出回ってます」


誰かが言った。


「乳酸発酵系です」

「腹の調子が良くなると評判で……」


神殿上層部、頭を抱える。


「……あの無職か」

「死んだはずだぞ」

「はい、記録上は」


記録上は。


この言葉が、何度も使われるようになった。



俺の元にも、噂は届いていた。


「神殿、完全に様子見らしいですよ」

「王都で祠が増えてます」

「“発酵”って言葉、もう止められないみたいです」


俺は思った。


(あ、これ……)


(俺が何もしなくても、世界が勝手に転がってるやつだ)


嫌な予感しかしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る