第7話 王都サンクティアより、異端宣告が届いた(※本人は今知った)
神殿の使者が来たのは、昼過ぎだった。
畑――正確には、もやし畑の前で、俺が黙々と水をやっている時だ。
影が落ちた。
いや、正確には――影が増えた。
顔を上げると、そこにいたのは白いローブの一団だった。
金糸の刺繍。無駄に長い裾。無駄に多い随行。
さらにその後ろ。
鎧。
王国騎士団の紋章。
「……ああ、面倒なやつだ」
俺がそう呟いた瞬間、村の空気が一段、重くなった。
「――貴様が、“無職もやし神”か」
「誰が神だ誰が」
即座にツッコミを入れたが、相手は最初から聞く気がない。
使者の男は巻物を広げ、演劇でも始めるかのような声量で読み上げた。
「王都サンクティア神殿の名において――」
「待って」
俺は手を挙げた。
「今、なんて言った?」
「王都サンクティアだ」
「……どこ?」
一瞬、空気が凍った。
使者の眉が、ぴくりと動く。
「神殿と王権の中心、光の都、秩序の要――」
「いや、知らんが?」
完全に素だった。
村人たちがざわめく。
「え……?」
「もやし神、王都知らなかったの?」
「神なのに?」
「神じゃねえって言ってんだろ!!」
使者は一瞬だけ混乱したが、すぐに表情を引き締めた。
理解を試みるのをやめた顔だ。
「……とにかく!」
声を張り、続ける。
「貴様の行いは、神殿の定める秩序を著しく逸脱している!」
「何した俺」
「不浄なる発芽を操り!」
「神の祝福を経ずに作物を増やし!」
「民に勝手な恩恵を与え!」
「信仰と農政の体系を破壊した!!」
一息で言い切った。
俺は、足元からもやしを一本抜き上げた。
「これ?」
「それだ!!」
声が裏返る。
「発芽は神の領域!」
「成長は神の恩寵!」
「それを――」
ビシィッ、と指を突きつけられる。
「無職の分際で量産するなど言語道断!!」
「職業差別ひどくない?」
周囲の村人がざわっとした。
「でも神殿様」
「このもやしで助かった命、何人もいるけど」
「腹いっぱい食えてるけど」
使者は、にこりと微笑んだ。
――あ、これは駄目なやつだ。
「善意であることは否定しません」
「ほら出た」
「ですが」
一拍。
「善意であっても、
神殿の管理外で行われる奇跡は危険です」
空気が冷えた。
「よって、王都サンクティア神殿は宣言します」
巻物が掲げられる。
「無職もやし神――
貴様を
異端準備指定対象とする」
「準備って何」
「これから異端にするための準備だ」
「言い方ァ!!」
だが今回は、笑えなかった。
使者が合図すると、随行の神官たちが動く。
畑の周囲に、木札が打ち込まれていく。
神殿印。封印符。
「以後、この作物は神殿管理下に置かれる」
「無許可の栽培・配布・取引は禁止だ」
村人がざわめく。
「それ、許可出るの?」
俺が聞く。
「出ません」
「最初から?」
「最初からだ」
即答だった。
さらに。
「本日より、監視を開始する」
騎士団の一人が、一歩前に出た。
剣の柄に、手がかかっている。
――ああ。
ここからだ。
俺は頭を掻いた。
「なあ」
「なんだ、異端準備対象」
「敵対したいわけじゃないんだけど」
使者は、冷たく言った。
「ならば従え」
「神殿の管理下に入り、作物を献上しろ」
「価格、流通、配布はすべて神殿が決める」
背後から、村の婆さんが言った。
「それ、今まで通り育てさせてくれんのかい?」
「……いいえ」
「値段は?」
「神殿が決める」
「配る量は?」
「必要最低限だ」
婆さんは、静かに首を振った。
「それ、守ってないねぇ」
周囲が、同時に頷いた。
使者の顔が歪む。
「貴様ら、神殿に逆らうつもりか!」
俺は、ため息をついた。
「なあ」
「なんだ!」
「その王都サンクティアってさ」
使者を見る。
「もやし、食ったことある?」
沈黙。
「……ない」
「じゃあさ」
俺は静かに言った。
「全部、机上の空論じゃん」
その瞬間、使者の目から感情が消えた。
「……本日はここまでだ」
そう言って、踵を返す。
「だが忘れるな」
「異端準備指定は、解除されない」
騎士団が去り、
畑には封印札だけが残った。
その日。
王都サンクティアは、まだ知らなかった。
自分たちが
対話ではなく、制圧を選んだという事実を。
そして俺は、
畑に打ち込まれた札を見下ろしながら思った。
「……ああ」
ようやく分かった。
「これ、納豆どころじゃないな」
逃げ場は、もうなかった。
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