第6話 女神、納豆菌を置いていく(※反省はしていない)

ある朝。


 無職もやし神が、いつものように黄金もやしを茹でていた、その時。


 空が割れた。


「ちょ、待っ――」


 ズドン!!


 廃小屋の前に、やたら神々しい光柱が落ちる。

 地面が焦げる。

 鳥が逃げる。


 そして。


「いや〜! 久しぶり〜!」


 出てきたのは――


 例の女神だった。


 テンションが高い。

 反省の色は、ゼロ。


「……何しに来た」


 俺の声は低かった。


「え〜っとね? 一応、様子見?」


「あとさ〜、最近ちょっと世界がザワついててぇ」


「お前のせいだろ」


「いやそれはそっちの才能っていうか〜!」


 拳が、震えた。



「で? 何の用だ」


 女神は、くるっと話題を変える。


「いや〜、怒ってるかな〜って思って!」


「思ってるだけか」


「だから謝罪! 謝罪に来ました!」


 そう言って、女神は何かを差し出した。


 ――木箱。


「……なにこれ」


「納豆キット♡」


 沈黙。


「……は?」


「納豆菌と大豆のスターターセット!」

「これで手打ちにしよ! ね!」


「納豆で済むと思ってんのか」


「済むと思ってる♡」


 この女神、マジで神経が太い。



「説明して」


 俺が言うと、女神は急に真面目な顔になる。


「この世界ね〜、発酵って概念がほぼ死んでるの」


「保存は乾燥か塩漬け」

「腐敗=失敗、って文化」


 なるほど。

 だから、もやしであれだけ騒ぎになったのか。


「で、納豆菌」


 女神が胸を張る。


「これ、神食材レベル」

「自己増殖」

「超耐久」

「栄養生成」

「腸内環境チート」


「……盛りすぎだろ」


「でも事実♡」


 嫌な予感しかしない。



 女神は続ける。


「謝罪っていうかさ〜」

「これ渡しとけば、どうせ面白いことになるでしょ?」


「……反省してないな」


「してないね!」


 即答だった。


 そして。


「じゃ、あとはよろしく〜!」


 光と共に、女神は消えた。


 置き土産だけ残して。



 俺は木箱を開ける。


 中には、

•乾燥大豆

•藁っぽい素材

•謎の説明書(ハート付き)


「……やるしかないか」


 完全に毒されていた。



 数日後。


 廃小屋の中で、異臭が発生した。


「……くっさ」


 だが、これは知っている。

 前世の知識が警鐘を鳴らす。


「成功してる」


 完成したそれは――


 納豆。


 糸を引く。

 ねばつく。

 この世界では完全に異物。


 試食。


「……うまい」


 問題は、その後だった。


 体が、熱い。

 内臓が元気。

 回復が異常。


「……もやし以上じゃね?」



 村人に分けた。


 結果。

•胃腸改善

•慢性病消失

•魔力循環安定

•便通改善(重要)


 老人が叫んだ。


「これは……神の腐敗だ!」


 やめろ。


 新しい宗派が生まれそうになる。



 そして、交配が始まる。


 無職もやし神は、やってしまった。


「……納豆菌、他の食材にも使えるよな?」


 結果。

•聖輝黄金もやし納豆

 → 一日一食で三日活動可能

•ルミナリス・トリュフ納豆

 → 魔力回復量が倍

•紅晶根発酵体

 → 筋力一時上昇


 やりすぎだった。



 噂は、もはや制御不能。


「もやし神が、腐らせて奇跡を起こす」

「神殿の祝福より効く」

「臭いけど、効く」


 神殿は沈黙したまま、記録を集め始めていた。

国家は混乱しつつも、対応会議を設けた。


 理由は単純。


 管理できない。


 発酵は、

 止められない。

 広がる。

 勝手に増える。


 納豆菌は、善意も悪意も選ばない。



 夜。


 俺は焚き火の前で、納豆を混ぜていた。


「……女神」


 空に向かって言う。


「これ、絶対わざとだろ」


 返事はない。


 だが、どこかで笑い声がした気がした。


 無職。

 名前なし。

 もやし神。


 そして今――


 納豆まで扱う存在になってしまった。


 この時点で、

 神殿も国家も、

 まだ理解していない。


 腐らせた方が強くなる世界が始まったことを。


 そしてそれが、

 どれほど厄介かを。


 次に世界が震えるのは――

 納豆が「国家禁止物質」に指定された時だ。


 だが、それはまた別の話。


 今日はただ、

 臭い夜だった。

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