第3話 名もなき無職、もやしの神と呼ばれる(※本人は否定している)
問題は、量だった。
もやしは育つ。
育つのだが、需要の伸びが頭おかしい。
「足りない……」
俺は廃小屋の前で、銀貨の入った袋ともやし畑を交互に見ていた。
銀貨は増えた。
飯も安定した。
寝床も、もう少しでまともな家に移れそうだ。
だが――
「昨日の倍の注文来てるんだけど」
行商人が、真顔で言う。
「村だけじゃない。街からも来てる」
「“あの神の野菜”を分けてくれって」
「神じゃない」
「そう言うと思った」
もう訂正は諦められていた。
ちなみに俺の名前は、未だにない。
女神がくれなかったからだ。
その結果、何が起きたかというと――
「もやし神様!」
「今日もご加護を……!」
「いや神じゃないから!」
通り名が勝手に確定していた。
しかも、
誰も俺の否定を聞いていない。
「……量産、するしかないか」
俺は畑にしゃがみ込む。
前世で何をしていたか?
別に農学部でも研究者でもない。
ただ――
高校の生物で赤点ギリギリだった記憶がある。
「えーと……確か、メンデルの法則……」
俺は独り言を言いながら、芽を見比べた。
「形質は、優性と劣性があって……」
「親の特徴が、そのままじゃなくて……」
「組み合わせで、次に出る……」
雑だ。
説明できるほど覚えていない。
だが一つだけ、確信があった。
「……丈夫なやつ同士、掛け合わせればよくね?」
科学的かどうかは知らない。
だが、現実的だ。
成長が早い株。
太い株。
やたら元気な株。
それらを選んで、次の種に使う。
数日後。
「……あれ?」
芽が出る速度が、明らかにおかしい。
昨日植えたはずなのに、
もう「収穫直前」の姿をしている。
「もやし自体が異常なんだから、今さらか」
触る。
「……太っ」
もやしだ。
だが、俺の知っているもやしじゃない。
しかも。
茹でると、
香りが違う。
「……うま」
味も違う。
栄養も、たぶんおかしい。
その日の夕方。
「もやし神様!」
村人が駆け込んできた。
「昨日いただいたもやしで、熱が下がりました!」
「母の咳が止まりました!」
「牛が元気になりました!」
「待って、牛?」
聞いてない。
しかも、誰かが勝手に言い出す。
「これは……聖遺物では?」
「芽生えの奇跡だ……」
「名前を持たぬ神が、恵みを与えている……!」
「いや違うって!」
俺は必死に否定する。
「ただの品種改良だから!」
「交配! 選別! たぶん遺伝!」
だが。
「意味深な言葉を……」
「やはり神……」
「“遺伝”とは古代語か……」
話を聞け。
翌日。
畑の前に、簡易の祭壇ができていた。
花。
布。
銀貨。
「……撤去していい?」
「恐れ多いです!」
その日から、噂が爆速で広がった。
•名を持たぬ神がいる
•もやしを与える
•病が治る
•腹が満たされる
•だが本人は神であることを否定する(=奥ゆかしい)
最悪だ。
俺は頭を抱えた。
「……女神、出てこい」
脳裏に、あの軽い笑顔が浮かぶ。
『名前? あー、忘れた♡』
「忘れたで済むか!」
だが、もう遅い。
俺は無職で、
追放されていて、
名前もなくて、
ただもやしを育てているだけなのに――
世界は、
勝手に神を作り始めていた。
後に、歴史書にはこう記される。
《もやし神
名を持たず、ただ恵みを与えし存在
なお本人は最後まで神であることを否定した》
俺は、その時まだ知らなかった。
この“品種改良もやし”が、
神殿の信仰体系と、
国家の農業政策と、
貴族の利権を、
まとめて破壊する引き金になることを。
だが、それはまだ先の話だ。
今はただ――
「……注文、多すぎ」
もやし畑の前で、現実に頭を抱えていた。
神扱いされながら、
無職のままで。
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