第2話 無職(察してください)、もやしで生き延びる
追放というのは、思っていたより静かだった。
罵声もなければ、石も飛ばない。
あるのは、城門が閉まる重たい音と、兵士のやけに事務的な視線だけ。
「……以上だ。達者でな」
最後にそう言われて、俺は城の外に放り出された。
持ち物検査はされなかった。
価値がある物を持っていないと判断されたのだろう。
実際、その通りだった。
腰に下げている袋の中身は――
もやし栽培キット(初心者向け)。
「……これで生きろと?」
女神の顔が脳裏に浮かぶ。
やたら軽いノリで「がんばってね〜♡」と言っていた顔だ。
正直、怒る気力もなかった。
腹が、減っていた。
城下町を歩いてみたが、露店の値段を見て即撤退した。
パン一つで銅貨三枚。
俺の所持金、ゼロ。
物乞い?
この世界、物乞いは「職業」らしく、登録されていないと捕まるらしい。
詰んでいる。
仕方なく、街道を外れ、崩れかけた廃小屋に入った。
屋根はある。
風も凌げる。
文句は言えない。
「……もやし、育てるか」
完全に思考が現実逃避に入っていた。
土を掘り、栽培キットの説明書を読む。
『特別な知識は不要です♡』
『誰でも簡単にもやし生活♡』
腹立つハートマークだ。
だが、半日後。
「……早くない?」
芽が出ている。
というか、もう芽の域を超えている。
夕方には、立派なもやしが収穫できた。
恐る恐る、火を起こして茹でる。
味付けは塩……はないので、そのまま。
「……普通に、うまい」
拍子抜けするほど普通だった。
だが、食後。
体が、妙に軽い。
「……気のせいか?」
その日は、久しぶりに熟睡できた。
翌日。
また育てる。
また食べる。
三日目。
異変に気づいた。
「……俺、三日ほぼもやしだけだよな?」
空腹感がない。
力が落ちていない。
むしろ、前世より調子がいい。
追放時に支給された粗末な剣で素振りしてみた
「……いや、これ栄養どうなってんだよ」
その時だった。
「おい……」
背後から、声。
振り返ると、農夫らしき男が立っていた。
痩せていて、顔色が悪い。
視線は、俺ではなく――
もやしを見ている。
「……それ、食えるのか」
「食えるけど」
男は唾を飲み込んだ。
「……分けてくれ」
事情を聞くと、村は凶作。
野菜が育たず、薬草も不足しているという。
試しに一本、渡した。
男は震える手で口に運び――
その場で、泣いた。
「……久しぶりだ……腹いっぱい、食えたの」
数分後。
「……あれ? 腰が……?」
男が、立ち上がった。
さっきまで曲がっていた背中が、まっすぐだ。
「……お前、何者だ」
「無職だけど?」
「意味が分からん」
そこから先は、早かった。
噂が噂を呼び、
村人が来て、
行商人が来て、
気づけば廃小屋の前に行列ができていた。
「その野菜、売ってくれ!」
「薬師より効くって聞いた!」
「城に持っていけば金になるぞ!」
「いや、だから……もやしだって」
全員、首を傾げる。
「もやし……?」
「聞いたことがない」
「高級食材の名前か?」
その瞬間、理解した。
――この世界、もやしという概念がない。
俺は、もやしを育てているのではない。
この世界に存在しない食材を量産している。
女神の顔が、また浮かぶ。
「……あいつ、わざとだな」
だが、もう遅い。
夕方には、もやし一束が銀貨五枚で取引されていた。
俺は廃小屋の前で、銀貨を握りしめる。
無職(察してください)。
追放済み。
チートスキルなし。
それでも――
「……生きてはいけるな」
もやしのおかげで。
この時点で、
俺はまだ知らない。
もやしが、
神殿と貴族と国家を同時に敵に回す食材だということを。
だが、それはまだ先の話だ。
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