第4話 もやしは祈りを必要としない(※それが問題だった)

 問題は、神殿が気づいたことだった。



 王都・神殿農政監督局。


 重厚な石造りの部屋で、数名の神官と文官が資料を囲んでいた。

 机の上には、布に包まれた“白い束”。


「……これが噂の」


 神官の一人が、慎重に包みを開く。


 現れたのは――もやし。


 どこからどう見ても、もやしだ。

 ただし、異様に瑞々しく、折れない。


「成分分析の結果ですが」


 文官が咳払いする。


「栄養価が異常です」

「神殿祝福済み作物と同等、いえ……それ以上」


 室内が、ざわついた。


「祝福工程は?」


「確認できません」

「祈祷記録もなし」

「奉納履歴もなし」


 沈黙。


 神官長が、低く言った。


「……つまり」


 一拍。


「神の許可なく、恵みが生じている」


 その言葉が、部屋の空気を凍らせた。



 神殿の信仰体系は、単純だ。


 恵みは神から。

 神の言葉は神殿から。

 神殿を通さない恵みは――存在してはならない。


「問題です」


 若い神官が、額に汗を浮かべる。


「民が、祈りより先に“もやし”を求めています」


「治療所より、もやし」

「施しより、もやし」


「……神殿を経由していない」


 神官長は、静かに立ち上がった。


「調査対象とします」


「分類は?」


 一瞬の迷いもなく。


「異端です」



 一方その頃。


 俺は、畑で普通に作業していた。


「……増えすぎ」


 品種改良が進みすぎた結果、

 もやしの成長速度が完全に狂っている。


 朝植えて、

 夜には収穫。


 もはや野菜じゃない。


「これ、普通に農業革命では?」


 そんな言葉を口にした瞬間、

 別方向から問題が来た。


「市の監査です!」


 鎧を着た役人が、ぞろぞろ現れる。


 国章付き。

 農政局だ。


「農地登録は?」

「種子の出所は?」

「生産量が、国家計画と合いません」


「いや勝手に生えてるだけで――」


「それが問題です!」


 役人が叫ぶ。


「王国の農業政策は、作物量を管理することで価格と治安を維持している!」

「あなたのもやしは、供給を壊している!」


「……もやしで?」


「もやしで!」


 声が裏返っていた。



 さらにその翌日。


 今度は、服装が違った。


 金刺繍。

 香水。

 無駄に高そうな指輪。


 貴族だ。


「噂の“もやし神”か」


 鼻で笑うような口調。


「我が領地では、麦と薬草を独占契約している」

「市場価格が崩れたら、困るのだ」


「知らんがな」


「……庶民は分かっていない」


 貴族は、ゆっくりと言った。


「恵みは“管理”されてこそ価値がある」

「誰でも手に入るものは、無価値だ」


 俺は、畑を見る。


 腹を空かせた村人。

 元気になった老人。

 薬代を払わずに済んだ家族。


「……それ、誰のための価値?」


 貴族の顔が、歪んだ。


「不敬だな」


「初対面で敬う理由もない」


 その場の空気が、最悪になった。



 その日の夜。


 俺の廃小屋の前に、三方向からの噂が届いた。

•神殿:「異端調査を開始」

•国家:「農業統制違反の可能性」

•貴族:「裏で圧力」


 俺は焚き火の前で、頭を抱える。


「……俺、もやし育ててるだけなんだけど」


 名前もない。

 称号もいらない。

 神になる気もない。


 ただ、生きたかっただけだ。


 だが。


 神殿は信仰を守るため

 国家は制度を守るため

 貴族は金を守るため


 全員が、

 俺を「邪魔」だと認識した。


 しかも。


「本人は無自覚で、

 剣も振らず、

 魔法も使わず、

 祈りも拒否している」


 ――最悪のタイプだ。



 翌朝。


 神殿の使者が来た。


「神の恵みを扱う資格を証明せよ」


 国家の役人も来た。


「生産量を国家に報告せよ」


 貴族の使いも来た。


「我が家と契約しろ」


 三者三様。


 俺は、全員に同じことを言った。


「……もやし、いる?」


 全員、黙った。


 そして、その沈黙が――

 宣戦布告だった。


 後に歴史家は書く。


《白き芽は、剣を抜かずに三権を敵に回した》


 だが、その時の俺は。


「……めんどくせぇなぁ」


 そう思っていただけだった。


 もやしを抱えながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る