第2話

翌日──約束の夜8時。

新宿の紀伊國屋書店の本店4階にユウタはやってきた。


占いコーナーには、タロット、西洋占星術、四柱推命など、様々な占いの本が並んでいる。


「で、そのリュウって人は…」


「お待ちしておりました」


後ろから声がした。

振り返ると、そこには60代後半と思しき中国系の男性が立っていた。

白髪混じりの髪を後ろで結び、質素だが品のある服装。

その目は深く、何かを見透かすような鋭さがあった。


「リュウ…さん?」


「はい。リュウと申します」


「どういう字を書くんですか。ドラゴンの龍?」


「違います。こうです」


リュウさんは宙に指で文字を書いた。

画数が多かったし、多分「劉」だろう。


「で、僕に話って何ですか?変な宗教の勧誘なら帰りますけど」


「宗教ではありません。私はただ、あなたに占い師になることを勧めに来ました」


「占い師?」


ユウタは眉をひそめた。


「僕、占いとか信じてないんで」


「信じる必要はありません。ただ、それで金を稼げばいいのです」


劉さんは淡々と言った。


「今のあなたには選択肢がない。貯金は8円。来月の家賃も払えない。就職しようにも、履歴書の職歴が多すぎて、どこも雇わない。そうでしょう?」


ユウタの背筋に冷たいものが走った。


「……なんで知ってるんですか!」


「私は占い師ですから」


劉さんは軽く笑った。


「では、提案です。私があなたに占いを教えます。1ヶ月以内に月収5万円を稼げるようにします。その後も、段階的に収入を増やしていく方法を伝授しましょう」


「なんで僕に?」


「あなたには才能がある。『言葉で人を動かす力』です」


劉さんはユウタの目をじっと見た。


「あなたは今まで、何をやっても続かなかった。それは、あなたが『他人の評価軸』で生きてきたからです。会社員として働くことは、あなたの本質に合わない。あなたは、人に希望を与える仕事をすべきなのです」


「希望…?」


「そうです。占いとは、未来を当てることではない。『人に希望を与え、行動を促す技術』です。あなたは、それに向いている」


ユウタは戸惑った。

見ず知らずの老人に、こんなことを言われても信じられるわけがない。


「でも、僕は占いなんて勉強したことないし──」


「1ヶ月で基礎を教えます。まずはタロット。それだけで十分です」


劉さんはそう言って、古びた封筒を取り出した。


「これは軍資金です。1万円入っています。タロットカードを買い、ココナラで鑑定を始めなさい」


「待って、なんで自分にそこまで──っていうかココナラ? 詳し過ぎませんか?」


「私には、あなたが必要だからです」


劉さんは真剣な目をして言った。


「この世界は、AIに飲み込まれようとしています。しかし、人間にしかできないことがある。それは『共感』と『直感』です。占いは、その最後の砦。あなたには、その砦を守る役割がある」


ユウタは混乱していた。でも、不思議と劉さんの言葉には説得力があった。


「……わかりました。1ヶ月だけ、やってみます」


「よろしい。では、明日から毎晩8時、この場所で会いましょう。私が直接指導します」


そう言って、劉基は封筒をユウタに手渡した。

ユウタが封筒を開けると、確かに1万円が入っていた。


「あの、劉さんって何者なんですか?」


顔を上げると劉さんの姿はもうなかった。

まるで幻だったかのように。


「毎晩ここ集合って、紀伊国屋さんに怒られませんかね……」

(続く)

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