第5話 そんな子に育てた覚えはありません

 午前中の授業は全くと言って良いほど内容が入ってこなかった。それも仕方がないことだと思う。


 休み時間が来る度にチラチラ、チラチラと奇異の目を向けられ、会話したことがある人、友人と呼べる人からは興奮冷めやらぬといった様子で話しかけられる。


 気まずさと居た堪れなさのダブルパンチを喰らい、俺のメンタルは灰燼と化してしまった。


 早退することも視野に入れたが、桔梗の誘いを断って早退するのは友達として……というか人として良くない。


 俺は気持ちの悪い胃痛と共に、時空が歪み普段の何倍も長く感じる午前の時間を過ごしたのだった。


 お昼休みを告げるチャイムとほぼ同時に授業が終わった。


 いつもであれば、桔梗と共にご飯を食べるのだが、既に桔梗は教室から居なくなっている。


 いつもの静かで楽しい空気の代わりに、にやついた視線と、自意識を過剰にさせるヒソヒソ話が俺の背中に纏わりつく。


 ただでさえ気まずさのせいで疲労感が半端ないって言うのに……これ以上俺のメンタルをいじめるのはやめていただきたい。


 俺は逃げるように教室を出て、校舎裏へと向かう。


 緊張か、それとも不安か。上手く言語化することのできない感情が自分の身体を強張らせ、心臓をきゅっと引き締める。


 今すぐ回れ右をしたいが、何かの手違いで桔梗との友情にヒビが入らなくて済むのではないかという一縷の望みが俺の足を無理やりに動かす。


 行きたくない、着いて欲しくない。無理だと分かっていてもそう願わずにはいられない。


 うっ……もう校舎裏に着いてしまった。ゆっくり歩いたはずなのに……。


 閑散とした雰囲気が広がる校舎裏。


 普段は物音等聞こえないはずの場所だが、女の子の声が聞こえる。


 おそらく桔梗が独り言を呟いているのだろう。何を言っているのか分からないが、それでも声の主が桔梗であることは分かる。


「……行くか」

 

 大きく深呼吸をし、俺は止めていた歩みを再び動かす。


 変な汗が止まらないし、心臓は嫌な跳ね方をしているが、それでも桔梗の元へ向かうしかない。


「ごめん桔梗、待たせちゃった?」

「──あっ!う、ううん!大丈夫だよ真白ちゃん、私もついさっきついたところだから」


 少し時間をずらして教室を出たのと、校舎裏までゆっくり歩いてきた。


 そのため「さっきついた」というのは明らかな嘘だが……ここでそれについて言及する程、俺は野暮ではない。


「こっちこそ急に呼び出しちゃってごめんね?……でも、人前では話せないことだから」


 桔梗の言葉に俺は唾と共にゴクンと息を呑む。


「……金曜日のこと、だよね?」


 俺がそう問いかけると、桔梗は気まずそうに頷く。


「……うん、やっぱりどうしても気になっちゃって」


 そりゃそうだ。女の子だと思って接してたのに、実は男の子にしかない物が生えてましたとか驚き以外の何物でもない。


 そしてそれに触れる──あっ、物理的にではないですよ?


 その話題に触れたいと思うのは仕方のない事。ここまで来たら俺も誠心誠意、桔梗に事情を話す義務があると思う。


「うん、いいよ。聞きたいこと何でも聞いて」

「……あのね、真白ちゃん。真白ちゃんはもしかして──」


 桔梗は一度大きく息を吸い、意を決したように俺の瞳の奥を捉える。そして──。


「もしかして、ふたなりなの!?」

「……は?」


 桔梗の言葉の意味が理解できず、自然と声が漏れる。


「だって!真白ちゃんは可愛い女の子なのに、その……あ、あれがついてたから。だ、だからっ!もしかしたら真白ちゃんは男の子でもあり、女の子でもあるのかなって!そしたらもうお得っていうかなんというか……えへ、ふえへへへへへへ」


 だらしない笑顔を浮かべ、人にあまり聞かせないような笑い声をあげる桔梗。


 一体どう頑張ったらその結果にたどり着くのか教えて欲しい。


 男だとか、変な趣味の持ち主だとか思われてるかと思ったらまさかの両性類扱いされていたとは。


 ……何だろう、真剣に頭を悩ませていた俺が馬鹿みたいに思えてきた。


 肩に入っていた力がするりと抜け落ちていく。俺は一度呼吸を整えてから、自分の世界へと旅立っている桔梗を連れ戻すために声を掛ける。


「えーっと……桔梗さーん?」

「はっ!あ、ご、ごめんね真白ちゃん!また自分の世界に入り込んじゃって……」

「大丈夫だよ桔梗。桔梗のおかげで緊張が解けたし。むしろありがとね」

「え、あ、どういたしまして……?」

 

 まさか感謝されるとは思っていなかったのか、桔梗は困惑の表情を浮かべる。


 そりゃそうか。でも実際桔梗のおかげで俺の緊張は解けたわけだし、そこは素直に伝えないとね。


「それで桔梗、私はふたなりじゃないよ」

「えっ……でもあの時確かについてて──」

「うん。私……いや、俺男だから」

「……え?」

 

 目を見開き、口をぽかんと開けたまま動かなくなる桔梗。


 「ふたなりなの?」と聞いてきた人間とは思えない程の驚きようである。普通は男なの?ってなるはずなんですよ?普通は。

  

「桔梗ならわかるでしょ?あれ、本物だよ」

「本物……え、え、真白ちゃんって本当に男の子……なの?」

「うん、バレると今みたいに学校生活を送れなくなっちゃうから隠してるんだ。ほら、私って可愛いでしょ?」

「うん、世界一可愛いと思う」


 即答。桔梗さんちょっと怖いですよ?


「ありがと。それでこんな可愛いのに性別が男だってバレたら──」

「……戦争が起こるね、間違いなく。クラスの雰囲気は地獄よりも地獄になるんじゃないかな?」


 忌憚のない意見を述べる桔梗に俺は苦笑いを浮かべる。実際俺が男だと周りにバレたら、桔梗の言ったとおりになるだろう。


「だからこうして男であることを隠してるんだ。……ねぇ桔梗、そこでお願いなんだけど──」

「わ、分かってるよ真白ちゃん!真白ちゃんが男の子だって隠せば良いんだよね!」

「うん、出来れば……というか絶対に周りにはばらして欲しくないな」

「任せてっ!こう見えて私結構口固いから!」


 胸を張り、自信満々に告げる桔梗。口は固そうだけど、顔に出やすいからなぁ……まぁいいか。


「ありがとう桔梗。すごく助かる」


 桔梗との友情、そして平穏な生活の崩壊を覚悟していたが……想像していたバッドエンドの全てを搔い潜り、最高の結果を得ることが出来て、俺は感無量です。


「……でもやっぱりまだぴんと来ないなぁ。真白ちゃんって本当に男の子なの?」

「うん。というか桔梗は実際に触って確かめたでしょ?」

「そうだね……触って……触って……」


 桔梗は右手を動かしながら俺の下半身を凝視する。あの時の感触を思い出しているのか、桔梗の頬が段々と朱色に染まっていく。 

 

「……真白ちゃん」

「何?」

「もう一回、触っても良い?」

「やだよ!」

「一回、一回だけっ!先っちょだけだからっ!」

「無理な物は無理!というか俺が男だって確かめる方法は他にもあるから」


 俺は桔梗の手首を掴み、自分の首元へと持っていく。


「ほら、喉仏しっかりしてるでしょ?」


 男と女の違いの一つに喉仏の大きさがある。いくら俺の声が女の子っぽいとしても、喉仏に多少の差異はあるはずだ。


「うん……うーん……。私のとそんなに変わらないと思うなぁ」

「……まじ?」

「うん。触ってみる?」


 俺は桔梗の首にそっと手を当て、自分の喉仏と比べてみる。


「……確かにあんまり変わらない……かも?」

「だよね。……やっぱりここは──」

「駄目!それは駄目!一回触ったんだからそれで満足してください!」

「……はぁい」


 不服そうに返事をする桔梗。俺の知っている桔梗は聞き訳が良くて、気遣いも出来て、笑顔が可愛いとってもいい女の子なのに……。


 一体いつからこんな悪い子になっちゃったの?お母さん悲しいわ。


「ほら、教室戻ろっか?ご飯食べる時間無くなっちゃうし」

「そうだね。急いで戻ら──きゃっ!?」


 地面に大きな石が埋まっていたのか、桔梗は何かにつまづき、大きくバランスを崩してしまう。


 顔から倒れこむ桔梗、そんな既視感のある光景に嫌な予感を抱きつつも、俺は急いで体を動かし、桔梗の身体を受け止める。


「ってて……大丈夫?怪我は無──っ!?」


 怪我がないかを確認しようとした次の瞬間、俺の目に映ったのはとんでもない光景だった。


 結論から言うと、桔梗が地面とキスをすることは無かった。すんでのところで俺が地面との間に割り込むことに成功したからだ。

 

 しかし、そこからが問題だった。桔梗の顔が俺の鼠径部にダイビングしているのである。


「んん‥…」

「ひっ!?」


 顔を俺のあそこに擦り付ける桔梗。いくら服越しとはいえど、突然の感覚に俺の身体がびくりと揺れる。


「ごめんね真白ちゃ……っ!?これは──この感触は……まごうことなきtn────」

「良いから早く離れてえええええ!!!」

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