第4話 月曜日の朝は憂鬱ですか?

「あぁ~……あぁ~……」 


 雨の中を全力疾走し、ずぶ濡れになりながら帰宅した俺はお風呂で冷えた体を温めていた。


「はぁ……最悪だ……まさかあんな形でバレるとは」


 俺は高校で一番仲の良い友人である桔梗に男だとバレてしまった。それだけでも十分頭を抱えるレベルなのだが、そのバレ方がとてもまずい。


「致し方が無かったとはいえ、まさか俺の大事なところを何回も揉まれるとは……変な声も出しちゃったし、最悪だよまじで」


 自分の自分をまさぐられ、体を駆け巡ったピリピリとした感覚のせいで、他人にはお聞かせできない様な声を桔梗には聞かせてしまった。


 もうね、気まずさで死にそうですよね。穴があったら入りたいどころか、自分で穴を掘って埋まりに行くくらいには気まずいですね。


「どういう顔して桔梗に合えば良いんだよ……はぁ~」


 俺はさらに口元がお湯に浸かるまで体を沈め、子供の様にぶくぶくと水泡を出しながらこれからの事について頭を回す。


 幸いにも土日と時間が空く。その間に出来るだけメンタルをリセットして、何事も無かったかのように振舞えば……。


 いや、あの時逃げ出した時点で自ら男だとばらしているようなものだしなぁ。


 かといって誤魔化すにもどうやって誤魔化せば良いんだ?


 「私、股に何かを装着していないと落ち着かないの。あはは」とか言えば良いのか?


 その場合は男とか女とか以前にやばい奴だと思われて距離置かれそうじゃない?


 でも距離置かれるのはそれはそれでありなのか?男だとバレた以上距離を置いた方が俺の身のためではあるし。


 ……それともいっそのこと俺が男だと正直に告白するべきか?


「いやそれはないな。流石にリスクが大きすぎる」


 桔梗を信じて男だとばらすことは簡単だし、一番ましな選択肢に思える。が、この選択肢にはしっかりとリスクが存在する。


 まず桔梗が本性を剥き出して俺の事を襲う可能性がある。


 桔梗はとてもいい子だ。優しいし、他人に気を遣えるし、良識というものをちゃんと持ち合わせている。


 持ち合わせているのだが、彼女は好きな物に対してはブレーキの利きが悪い。出会って1か月だが、それで分かる程彼女の好きな物への感情は重いし大きい。


 もしその感情が俺に向けられてしまったら、彼女が俺を襲う可能性は十二分にある。これがバッドエンド1、「ブルータスお前もか」だ。

 

 次に周りの人間に俺が男だとバレる可能性がある。桔梗は他人に言いふらすような人物ではない(そう信じている)。


 しかし、ふとした会話でばれてしまったり、俺を男だと知った桔梗がぎこちなくなったり、ちょっとしたことで噂や疑念が広まる。


 噂は噂だからと流すことも出来るが、一度疑念を抱かれたら周囲の目を気にしながら生活しなくてはいけない。


 そんなの……ストレスで死んじゃう!死ななくても禿げちゃう!髪の毛の無い男の娘とか言う誰にも刺さらないジャンルを開拓してしまう!


 という訳でこれがバッドエンド2、「髪の毛殺毛事件」である。

 

 そして最後、これが最もシンプルだ。


 男だと周囲にバレ、周囲の女の子に貪られ、体力と精力が尽きて文字通り死ぬ。バッドエンド3、「純粋な死」だ。


 今思い浮かぶだけでも自分の身に厄介なことが起こることが確定している訳だが、もちろんこれ以外にも様々な要因でバッドエンドを迎える可能性は大いにある。


 もしこれがゲームの世界ならば画面のど真ん中に「死」だとか「YOUAREDEAD」とかが出てくるだけで済むが、残念ながらここはゲームやアニメみたいな世界であってゲームではない。


 悪いな、ここから先(の平穏な生活)は……通行止めだ。

 

「はぁ、考えるだけでも頭がくらくらして来た。……いやこれのぼせかけてるだけだわ」


 の俺はフラフラとした足取りで湯船からあがり、火照った身体を冷蔵庫にストックされているちょっとお高めなアイスで冷ました。


 ありがてぇ……キンキンに冷えてやがるぅ!



 

「ふわぁ……ん~……んっ!?いたたたた……」 


 特に家から出ることなく、家でゲームをしたり動画を見たりと何とも不摂生な2日間を送り、月曜日を迎えた。同じ姿勢で眠り続けていたからか、少し体を伸ばしただけでも強烈な痛みが走る。おかげで目が覚めたと喜ぶべきか、自分の貧弱さを悲しむべきか……まぁどう考えても後者だろうな。


「はぁ……憂鬱だ。学校休みたい……」


 上半身を起こした俺は、大きなため息を吐く。


 月曜日というものは学生や社会人にとって憂鬱な物だ。


 何百回と月曜日を迎えようと憂鬱さは無くならないし、それどころか年を重ねるごとに増していく。


 そんな気分が下がる月曜日の朝だが、今日はいつにも増して気分が落ち込んでいる。


 結局俺は桔梗への対処法が思いつかなかった。


 頭を捻り、何度シミュレーションを繰り返してみても、その度にバッドエンドを迎えたため、俺は考えるのをやめ、純粋に休日を楽しんだ。


 きっと未来の自分が解決してくれる。昨日一昨日の俺は、今日の俺に託したのだが……あまりにも利息が大きすぎる。トイチどころの話じゃないぞこれ。


「うっ……はぁ、起きるか……」


 俺は重たい体に鞭を打ち、ゾンビの様な動きで自室を後にする。


「おはよう真白」 

「真白くんおはよー」

「おはようお母さん、お父さん」


 リビングに入ると既に両親がご飯を食べていた。2人に挨拶をした俺はそのまま父さんの隣の席に座る。


 一夫多妻制が採用され、基本一人親が多いこの世界において、我が家は特殊な事に一夫一妻制を貫いている。


 艶やかな黒い髪、高い身長と程よく引き締まったすらりとした体、そして鋭いが、確かに優しさが宿っている紫色の瞳。

 

 同性異性問わず見惚れる程のかっこよさと綺麗さをを持ち、可愛いというよりむしろかっこいいという言葉が似合うのが母さんだ。


「今準備するから待っててね~」

「ありがとお父さん」


 にっこりと穏やかな笑みを浮かべ、キッチンの方へと消えていったのがお父さん。


 俺と同じ白髪だが、俺のストレートな長髪とは違い、癖毛がすごい短髪だ。


 とはいえ、それ以外の身体的要素はかなり酷似している。瞳の色や、顔の作りが違う程度で、外に出たら親子というよりは兄弟あるいは姉妹と見られることが多い。


「真白、具合でも悪い?」


 心配の色を浮かべながら顔を覗き込んでくる母さん。そこまで態度に出したわけじゃないが、流石は親と言うべきか、俺の異変を簡単に見破って来た。


「大丈夫だよお母さん。ちょっと寝覚めが悪かっただけだから」

「そっか。でも無理は禁物だよ。少しでも気分が優れなかったら学校休んで良いから」

「うん、ありがとうお母さん」


 高校生にもなって過保護だなぁと思いつつも、ここまで愛情を注いでくれている事に感謝の言葉を口にする。


 俺の言葉を聞いた母さんは嬉しそうに口元をほころばせる。


「はい、真白くん。ゆっくり食べてね~」

「ありがとうお父さん。いただきます」


 俺の家は大富豪とまでは行かないが、かなり裕福だ。家も大きいし、家具や食器なんかはかなり高価な物が多い。


 朝ご飯はパンにベーコンエッグ等々、一般的なものであるが、紅茶だけはきっと高価なものだ。お父さんが紅茶好きで、かなりこだわりがあるらしい。


 ちなみにお母さんは紅茶よりもコーヒー派だが、お父さんの紅茶だけはコーヒーよりも好きらしい。仲がよろしいようで何よりです。


 ちなみに余談ではあるが、俺が男だとバレていないのは両親が学校側に働きかけたかららしい。一体どうやって学校側を説得したかは……想像にお任せしよう。


 「冬雪、動かないで」


 ぼんやりとしながら朝食を食べ進めていくと、お母さんがお父さんを呼び止める。


 お父さんはお母さんの言葉を疑いもせずに、食事の手を止める。


 そしてお母さんは動きを止めたお父さんの口元に指を伸ばし、口元に付着していたジャムを指で拭い、そのままぺろりと舐めた。

 

「ん……ありがとね、美乃梨」


 頬を赤く染めたお父さんがお母さんを見つめ、そんなお父さんを愛おしそうに見つめるお母さん。


 朝からラブラブ、この世界では稀有で、非常に尊いとされる関係だが、息子の前でイチャイチャしないで欲しい。普通に気まずい。


 朝ご飯を食べ終え、身支度を終えた俺は家を出たのだが、いつもよりも体に重い。


 学校に近づくにつれ、重力が強くなっているのではないかと思う程、俺の足取りはだんだん重くなっていく。


 気分はトレーニングをする某ヤサイ人。まるで男の娘のバーゲンセールだな……。


「お……おはよ、真白ちゃん!」


 教室に付き、荷物の整理をしていると聞き馴染んだ、そして今一番聞きたくない声が耳に入る。


 落ち着け……動揺するな……普段通りに接すればいい。 

 

 一度心を落ち着け、俺はゆっくりと声のする方へと体を向ける。


「おはよ桔梗」


 にこりと笑みを浮かべ、挨拶を交わす。


「あの、その……大事な話があるからっ、お昼休み……こ、校舎裏に来てくださいっ!!」


 桔梗の言葉が教室中に響き渡る。


 時刻はHRが始まる10分前、生徒の多くが教室に集まっている時間帯。


 そんな中、聞き耳を立てる必要すらない程の大声で、校舎裏に来てくださいと口にすれば、思春期の少年少女たちの妄想を掻き立ててしまうのは必然。


「えっと……うん、わかった」


 俺が了承の言葉を返すと同時に──。


「キャー!!!」

「いったあああああ!!」

「まじぃ!?仲が良いとは思ってたけどまさかっ!?」


 教室は割れんばかりの黄色い声で包まれた。憂鬱な月曜日の朝が、桔梗の一言で楽しい楽しい朝に変貌する。……俺以外という言葉付きで。


 ……さいあくだよもおおおおおおお!!


 HRが始まり、周りの視線が先生に向いたところで俺は頭を抱え、声にならない悲痛な叫び声をあげる。グッバイ、マイ穏やかライフ。

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