第4話 ……私が隠者になれた理由ですか。
二杯目のラム酒を飲みながら、流れ続けているコメントを眺める。
コメントをしてくれている画面の向こう側のリスナーたちは、私が本当にクソみたいな異世界へ召喚されてしまっているなんて信じもしないだろう。
それでいい、これぐらいの距離感がちょうどいい。
相手が向かってきたら逃げるのくせに、相手が逃げ出したら追いたくなる難儀な性分をしている私には、付かず離れずの節度ある距離感が必要だ。夜空に浮かんだ月を捕まえようと追いかけているハティのような距離感だから、途中で関わることを諦められる気楽な付き合いができる。
中身がなくなったグラスをソファーテーブルの上に置いて、今度は煙草とオイルライターを取り出す。煙草の箱から一本だけ抜き出して、くわえながら火をつけた。
「……私が隠者になれた理由ですか」
紫煙を吐きながら、一人ごちる。
:本当に酒を飲んで、煙草吸ってるしw
:ここまで適当な配信をしてる奴、他にいないだろwww
:ライターで火をつける音が入ってて草
:ヤニカスは決定かw
「してはいけない悪徳を何度も積み重ねる。だから私は、生きていける」
:自覚はあるのかw
:それ、ただの言い訳だからww
:駄目人間すぎるww
:禁煙しろよw
:酒と煙草がないと生きていられないカスで草
「リスナーの皆さん。私はストレスで死ぬ自信があるので、禁酒も禁煙も一切しません」
:言い切るなw
:現実逃避をしないと生きていけないとかw
:不老不死で、どうやって死ぬんだよww
「それは鋭い指摘ですね。異世界がクソすぎて、生きているのがつらいに訂正します」
:設定を忘れてなくて偉いw
:それでリータちゃんが隠者になれた理由って?
:実感がこもってて草
:訂正してるwww
「隠者になれた理由は、私が他者に興味を持てない冷たい人間だったからです」
かなりきつめの自己分析で導き出した結果なので、正しいはずだ。
「こちらの世界に来る前から、私は人間関係の構築に難がありました。相手が抱いている想いや価値観などを考え付く限り推測することはできる。けれど、推測することができるだけで共感することはできませんでした。意味が分からなかったからです」
:リータちゃん、もしかしてサイコパス?
:あ~……感受性は豊かなのに、共感性が乏しい感じなのかな
「罪悪感が欠如しているサイコパスでは、ありませんね。むしろ、その逆です」
:逆?
:サイコパスの逆なんてないだろw
:初配信で話す内容じゃないw
「これは例えの話しです。私が今も吸っている煙草。召喚される前から同じ銘柄の煙草を吸っていますが、一人暮らしをしていた自分の家と所有していた自家用車の中、それと設置されている喫煙所以外で吸ったことがありません。自分が定めた厳格なルールを順守していないと、気持ちが悪くなるからです」
:サイコパスじゃなくて、杓子定規の潔癖症だったw
:そっちかw
:気持ち悪くなってて草
:いや、ありえないだろww
「今もルールに従っていますよ。お酒を飲んで、醜態を晒さないという大事なルールを」
:リータちゃんが他者に興味を抱けない理由って、ルーズな人がいるからじゃない?
:ありそうで草
:他責志向の人間も含まれてそうw
:馬鹿には我慢できないタイプwww
「そうですね、その傾向が強いです。私が隠者になった理由は、神様から与えられた使命を絶対に放棄しないからでしょうね。それに、目的のためには手段を選ばない冷酷さも持っている」
:他の召喚者の人たちが召喚直後に魔王討伐の使命を放棄したら、どうなってた?
:それ、知りたいw
「私の魔力で創造した武器や防具、衣服やブーツ、飲料水が入った水筒や
:鬼だw鬼がいるww
:魔王を討伐する以外の選択肢がなくて草
:神経質な自分の几帳面さを相手にも全力で押し付けてくるタイプw
:リータちゃんに慈悲なんてなかったw
「考えてみてください。他の召喚者の人が隠者のジョブになっていたら、人助けに時間を取られて魔王討伐なんて出来なくなりますよ?」
:ひでえ言い方w
:暴君がいるwww
:誰も信じなかったリータちゃんの性格がマジで最悪だった件w
「もう一本、煙草を吸ってもいいですか?まあ、許可がなくても吸いますが」
:だったら、最初から聞くなよwww
:ウケるwww
:傍若無人すぎるww
:こいつが他人に共感できないのは、性格に問題があるからだろwww
「はい、私の性格は問題だらけです。あぁ、煙草が美味しい」
:www
:草
:w
:お腹痛いw
「リスナーの皆さん。配信を始めてから、一時間が経過しました。残りのラム酒を飲みたいので、配信を終わらせていいですか?」
:おいwww
:少しは取り
:お疲れww
:また配信すんの?
「そうですね、次の配信は明日の同じ時間で。それでは、お疲れ様です」
:乙w
:おつーw
:草
:リータちゃん、またねーw
◇◇◇
ゆらゆらと揺れている彼岸花が咲き乱れた庭に出てみると、心地の良い風が流れていた。目指す場所はいつも同じだ。迷うことのない足取りで細い石畳を踏み締めながら、ゆっくり進む。
等間隔で並べている十二基の墓標。
初代勇者パーティーが覚めない眠りに落ちている場所だった。
「毎回、同じことを言っているような気がしますが、アルコールは強いほうですか?」
もちろん、返事はない。
墓標を一つ一つ一撫でしてから、ラム酒のボトルをそっと傾ける。
「下戸でも文句は言わないでくださいね。私の弔い方は大雑把で適当なんです」
私は一礼してから、墓標に背中を向けた。
「また、来ます。今度のお酒はウイスキーなので、期待しておいてください」
いつもの日常と変わらない。決められたルーチンの繰り返しだ。
「次回の配信の内容は何にしましょうか?ネタらしいネタは、もうないのですが」
ラム酒のボトルを見てみると底のほうに、わずかに残っていた。
「ラッパ飲みはあまりしたくないのですが。……やっぱり、ラム酒は美味しいですね」
◆◆◆
ハティ→北欧神話に出てくる、決して捕まえることができない月を追いかけ続けている狼。
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