第3話 非力は嫌ですね。
ソファーテーブルの上に置かれているラム酒のボトルが動ないように左手で固定し、右手で強く握り締めている
「非力は嫌ですね」
変わり果てた姿で異世界に召喚される前は、開けづらいことに定評があった瓶ピクルスの蓋も余裕で開けられたのに、今ではラム酒のボトルを開けるのも一苦労だ。
:非力すぎるw
:時間かかりすぎwww
:そんな開けづらいか?w
これは、滑りやすい黒いオペラグローブを取らないと駄目みたい。
「リスナーの皆さん。異世界に行くことができたとしても、性転換はしないほうがいいですよ?握力が低下して、クソ雑魚ナメクジになった私のように、日常生活に支障が出ます」
:開けられなくて草
:小学生でも開けられるだろww
:なにやってるんだよw
:こいつ馬鹿だwww
持っていたラム酒のボトルから手を離し、二の腕の半ばまである長いオペラグローブの中に人差し指を入れて、徐々にずり下げていく。最初は左手、次は右手。
これで何の問題もなく、ラム酒のボトルを開けられるはずだ。
「見ていてください、私の雄姿を」
:開けられて当然なんだけどw
:頑張れwww
:リータちゃんが、勇者パーティーに同行しなかった理由がわかったw
「私はちゃんと開けることができます。こんな困難なんて、物ともしない」
:困難じゃねえからww
:できて当然のことを困難とか言うなw
「………ぐぅ、ひ、開けぇ」
:www
:草
:w
:ww
「ほら、ラム酒のボトルなんて、簡単に開けることができました」
開けることができたラム酒を江戸切子のグラスに注ぎながら、ドヤ顔で言い切る。
私はこれでも勇者パーティーの生き残りを一人残さず介錯して、レベルアップを果たしているのだ。腕力強化や脚力強化などの身体的なステータスの伸びは一切しなかったが、増加した魔力値は召喚された直後と比べたら十倍近い。
日頃から引きこもっている自宅周辺の弱い魔物も毒入りの肉団子で定期的に狩っているし、その放置されている魔物の死骸を食べようと、自宅に持ち帰ったスラムの子供も三人くらい意図せず殺害している。流れてきた吐きそうになるクソみたいな噂話が真実かどうか調べた後で、倒れている魔物の死骸を持ち帰って焼却するようになったのだ。
「飲みやすいラム酒はいいですよね。バナナ臭いのが、ちょっと難点ですけど」
:ドヤ顔を浮かべながら飲むなw
:へねちょこすぎるwww
:リータちゃんがTSして戦う力を失ったから、消去法で隠者にされたんじゃwww
:あり得そうで草
「それは違うと思いますよ。多分、私の性格が終わっているので隠者に選ばれたんです」
危険な森の中から脱出しようとしている勇者パーティーの後を追って、聞き耳を立てていたので本当にあった話しのはずだ。
◇◇◇
勇者は交通事故に巻き込まれて死亡し、こちらの世界に召喚されたらしかった。
勇者の社会人だった男性が死んだ理由は、速度超過の信号無視で横断歩道に突っ込んできた軽自動車から、同僚の女性を守るために身を投げ出したらしい。
『告白してから、死ぬべきだったかな。まあ、即死だったし、しょうがないか』
武装隊商の荷馬車の車列を視認した後で街道にいきなり飛び出したのも、体力が尽きかけている仲間たちの疲労具合を把握してのことだろう。何台も走っている荷馬車の空いた荷台に乗せてもらえれば、苦しそうに肩で息をしている仲間たちが、これ以上、歩かなくて済む。
普通の感性を持つ、勇気と優しさを持った人物だった。
◇◇◇
槍使いの女性は、自殺をしてしまった女子高生らしかった。
物心の付かない子供の頃から槍術の訓練を受けていた有段者で、全国大会の入賞経験も何度かあったらしい。そんな彼女が精神的に追いつめられて自殺してしまった理由は、イジメを受けていた友人を助けるために、自分がイジメの標的になったから。
『今度は逃げるつもりはありませんよ。だってここには、くだらないイジメに巻き込まれたら困る大切な友達はいませんから』
生死不明の勇者を守るために、凛とした彼女は草むらから飛び出した。
馬に騎乗している傭兵の持っていた武器が射程距離に優れる弓でなければ、槍術の心得があった彼女は助かったかもしれない。移動する速度で劣っているので逃げられない、持っている槍も騎乗している傭兵との距離がありすぎて届かない。
それでも彼女は、地面に倒れている勇者の右腕を掴んで引きずりながら、片腕で持っている短槍を
そんな防戦一方になってしまった彼女の被弾箇所は、鎧で守られていない無防備になっている首だった。
誰よりも強かった彼女は、大量の血を吐きながら死んだ。
◇◇◇
僧侶の女性は、大学の看護学部で看護師の勉強をしていた学生だったらしい。
そんな彼女の死因は、看護師国家試験の受験資格が得られる卒業した直後に寝不足で転倒し、そのまま駅の階段から転げ落ちて首の骨を折ったようだった。
『心残りがあるとしたら、看護師の国家試験は受けたかったかな。これまで努力して頑張ってきたことが、馬鹿みたいな死に方で無意味になっちゃったからね』
矢が深々と左目に突き刺さっている勇者の姿を見た彼女は、救助する優先順位が違うと早々に見切りをつけた。重たい杖を持って街道に躍り出た彼女が回復しようとした相手は、口から大量の血を流して倒れている槍使いの女性だった。
首に突き刺さったままの矢を途中で
でもそれは、街道を駆け抜けてきた傭兵たちに阻止された。
距離が近くなりすぎて、弓から剣に持ち
誰よりも落ち着いていて、優しさに満ちていた彼女はそうしていなくなった。
◇◇◇
「人間不信の私は協調性が皆無で、一人でいても全然気にしないタイプなんですよね」
:ふーんw
:絶対に嘘で草
:先生、寂しがり屋のリータちゃんがまた適当なことを言ってまーすw
「リスナーの皆さん、私の性格は最悪です。最低最悪の性格なんです、いいですね?」
:こんな弱々しい圧は初めてだw
:威嚇しているレッサーパンダwww
:誰も信じなくて草
:本当に性格が悪い奴は、自分の性格が悪いという自覚も持ってないってwww
一緒に召喚されてきた人たちのことをどうしても信じることができなかった私は、搾取されることが運命付けられている創造魔法というチートな存在の露見を恐れて、何個か持っていたポーションも使わずに、死にかけている勇者パーティーの全員を見殺しにしたのだから。
「ラム酒は、やっぱり美味しいですね」
性格が悪いのは事実なんですよ。
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