第16話 新章?


 翌日、1月26日。

 俺はいつも通りの時間に目を覚ました。

 ミノタウロス戦の疲労は、一晩眠ればすっかり抜けていた。この回復力の高さも、スキルの恩恵だな。

 枕元のスマホを手に取る。


 通知オフにしている『マッドゴーレム』のグループチャットは、未読件数が『145』という恐ろしい数字を叩き出していた。


(……うわ、めっちゃ溜まってる。またカズマの自撮りか?)

 恐る恐る開いてみると、そこにあったのは雑談……だけではなかった。


 『各ダンジョンのドロップ率一覧(全国版)』

 『魔石の買取相場・推移グラフ(速報値)』

 『効率の良い狩場まとめ(カズマ調べ・関西エリア)』


 カズマの奴、掲示板やネットの情報をまとめて、有益な攻略情報を発信してくれていたのだ。

 しかもデータの出典元まで細かく記載されている。


「……まじか…夜遅くまですげぇな」



 俺は感心した。

 言動は痛いが、こういうデータ収集にかける熱量と分析能力は本物らしい。


 「深淵を覗く」とか言ってるが、覗いてるのは深夜の掲示板と海外の解析サイトだろう。


 俺は返信を打つ。


『ありがとうございます。すごい情報量ですね。助かります』



 送信完了。これでカズマの承認欲求も満たされ、今後も良質な情報を運んできてくれるはずだ。


 さて、と。

 俺はベッドから起き上がり、PCデスクに向かった。

 ブラウザを立ち上げる。


 検索ワードは**【探索者試験 感想スレ】**。


 昨日の試験は全国一斉に行われた。

 だが、大阪会場であれだけの騒ぎ(角の提出)を起こしたのだ。何かしら書かれているだろう。

 大手掲示板『ダンジョンちゃんねる』の、大阪会場スレッドを開く。


【大阪】第1回探索者資格試験会場スレ Part3【インテックス】


 245 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:12:05 ID:OsaKA551

 昨日のインテックス、人多すぎてマジで疲れたわ

 南港のニュートラム死んでたぞ


 246 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:13:41 ID:Tak0yaKI

 >>245

 俺もいたわ。コスプレ勢とガチ勢が入り乱れてカオスやったな

 つーか実技試験、ゴブリンの集団強すぎん?

 あれでDランクとか危険だって


 247 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:15:22 ID:kanSai88

 おい、それより午後の部でミノタウロス出たってマジ?


 248 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:16:10 ID:NanK0u99

 >>247

 マジマジ。俺会場にいた

 即席PTが角持ち帰ってきて、試験官が腰抜かしてたぞ

 「マッドゴーレム」とかいうPT名だった


 249 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:17:03 ID:netGamer

 ミノタウロスって推奨レベル15以上だろ?

 即席PTで狩れるもんか? 嘘松乙


 250 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:17:45 ID:NanK0u99

 いや、眼帯の厨二病魔導師がヤバいらしい


 282 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:45:12 ID:ToKuTei01

 こいつのアカこれじゃね?

 @Abyss_Kazuma

 昨日の自撮り上げまくってる。「愚民ども」とか書いてて草


 283 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:46:22 ID:yAba1W0

 >>282

 うわぁ……見てきたけどキツイ

 「RHマイナスの血が疼く」とか書いてるwww

 でもこいつがMVPなのか?


 284 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:47:05 ID:WaRotA22

 >>283

 ちな前スレに本人降臨してんぞwww


 288 :深淵の魔導師 :2020/01/26(日) 08:50:00 ID:AbYss666

 フッ……騒がしいな、ネットの有象無象どもよ。

 我の力が理解できないのも無理はない。

 ミノタウロス? あんなものは前座に過ぎん。

 次はさらなる深淵を覗くことになるだろう……震えて待て。


 289 :名無しの探索者 :2020/01/26(日) 08:50:45 ID:Om0chA11

 本物キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 おもしれー奴wwwおもちゃ確定だな





 パタン。



 俺は無表情でノートPCを閉じた。

 これ以上見ていられない。共感性羞恥で死にそうだ。



 俺は気を取り直し、リビングのソファへと移動した。

 大型テレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。

 画面に映し出されたのは、昨日とは打って変わって明るいスタジオの風景だった。

 ニュースキャスターが、興奮気味に原稿を読んでいる。


『――おはようございます。本日1月26日、歴史的な一日が始まりました』


 画面のテロップには、**【探索者免許、本日より交付開始】**の文字。


『昨日行われた第一回試験の合格者に対し、正式にライセンスの発行が始まりました。これにより、日本国内における一般市民のダンジョン探索が解禁されます』


 画面が切り替わり、都内のダンジョン入り口の映像が流れる。

 そこには、真新しいライセンスカードを手にした人々が、長蛇の列を作っていた。

 誰もが目を輝かせている。

 一攫千金の夢。未知への冒険。

 まるでゴールドラッシュの再来だ。


『政府は、初年度の探索者による経済効果を数兆円と試算しており――』



「……数兆円、か」


 俺はテーブルに置かれたトーストを齧った。

 ……味気ない。


 スーパーで買った普通の食パンだ。昨日の焼肉でさえ、あの「魔物の肉」を知ってしまった俺はどこか物足りなく感じていた。


(あの、身体の奥底から力が湧いてくるような感覚……)


 金も地位も欲しい。

 だが、俺の本能はそれ以上の「何か」を求めている気がする。


 すると、台所から母さんが顔を出した。

「蓮、あんた昨日の試験、どうやったん?」



「ああ、受かったよ。Dランク」


「へえー、すごいじゃない! お父さんも喜ぶわぁ。……でも、あんまり危ないことしなや? ニュース見てたら、怪我した人もおるみたいやし」

 母さんは心配そうに眉を下げた。

 


「大丈夫だよ。俺は慎重派だから。それに、最初は近場の簡単そうなとこしか行かないよ」


「そう? まあ、あんたが言うなら大丈夫やろうけど……。あ、お祝いに晩ごはんはハンバーグにしたるからな」


「お、サンキュ」


 ハンバーグか。悪くない。

 だが、ふと蘇るのは、やはりあの野性味あふれる力の味だ。

 俺は頭を振って雑念を追い払い、手元のスマホを操作した。


 インスタを開く。

 タイムラインには、クラスメイトたちの投稿が溢れていた。


 『探索者免許ゲット! これから俺の伝説始まるわw #探索者 #ダンジョン #目指せ億万長者』


 『試験マジでキツかった……。でもなんとか合格! 誰かパーティー組もう!』



 俺は画面をスワイプし、山田の投稿を見つけた。

 彼も無事に合格したらしい。コメント欄で「おめでとう!」「今度誘ってや!」と盛り上がっている。


(……あいつ、サッカー部辞めて本気でやるつもりか)

 俺は少し考え、コメントはせずに「いいね」だけを押した。


 みんな、真新しいライセンスカードの写真をアップしている。

 まるで運転免許でも取ったかのような軽さだ。

 だが、その裏でストーリーズには別の現実も流れている。


 『怪我して辞退したやつもいるらしい』



 明暗が分かれている。


 法的な制約はなくなった。

 これまではコソコソと夜中に潜るしかなかったが、今日からは堂々と力を試せる。

 俺は最後のプロテインを飲み干すと、立ち上がった。



「ごちそうさま。ちょっと出かけてくる」


「はいはい、気ぃつけやー」



 母さんの声に見送られ、俺はガレージへと戻った。

 Amazon装備を身につけ、愛用の斧を背負う。

 向かう先は、規制が解除されたばかりの「近所の穴」。

 俺の、本当の探索者人生がここから始まる。



「さて……稼ぎに行くとしますか」

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