第17話 あっ…(察し)


 自宅から徒歩数分の公園。

 ここは1月1日、俺が初めて「ダンジョン」という現象を目撃した場所だ。

 今やその周囲は高いフェンスで囲まれ、プレハブの管理小屋と、武器を持った警備員が配置されている。

 かつてののどかな公園の面影はない。

 受付へ向かおうとした俺の足が、掲示板の前で止まった。



「……あ」


 数枚のポスターの中に、見覚えのある顔があったからだ。


 『行方不明者を探しています』

 『1月1日、○○公園にて行方不明』

 『大学生(21歳)。当日の服装はグレーのパーカーにジーンズ――』


 写真の青年は、屈託のない笑顔を浮かべている。

 間違いない。あの日、制止も聞かずにゲートに触れた近所の大学生だ。

 確か、『ジョブ選択:魔術師』とか叫んで、光の中に吸い込まれていった奴だ。



「……まだ、帰ってきてなかったのか」



 あれからもうすぐ1ヶ月が経つ。

 装備も食料もなく、普段着のままで飛び込んだ彼が生きている確率は、限りなくゼロに近いだろう。

 世間は探索者ブームで浮かれているが、その足元には確実に死体が転がっている。

 俺は襟元を正し、受付へと向かった。



「ライセンスの提示をお願いします」


「はい。Dランクです」


「確認しました。……本日のダンジョン内混雑率は120%です。トラブルに気をつけてくださいね」



 警備員にカードを返し、俺はゲートをくぐった。


 ***


 第1階層。

 そこは、俺の知る静かな洞窟ではなかった。


「はーい! 今日もダンジョンから生配信やってくよー! スパチャありがとー!」


「うぇーい! ここが噂のパワースポット! サムネ撮るからポーズ決めて!」



 ……動物園かよ。

 スマホを自撮り棒に固定したYouTuberらしき集団や、観光気分で訪れた大学生グループが通路を塞いでいる。

 モンスターよりも人間の方が多いレベルだ。



(……邪魔だな。さっさと奥へ行くか)

 俺はフードを深く被り直し、彼らの横をすり抜けた。

 映り込んで身バレするのは御免だ。

 人混みを離れ、第2階層へ降りる。

 ここまで来ると、少しだけ人の数が減り、ようやく本来の「敵」が現れた。


「キュウッ!」


 額に一本角を生やしたウサギ――ホーンラビットだ。

 俺の記念すべき最初の獲物。


 以前よりも今の俺にはスローモーションに見える。



「……遅い」



 飛びかかってくるウサギを半身でかわし、すれ違いざまに斧を振るう。



 ブォンッ!



 遠心力を乗せた一撃は、ウサギの頭蓋を容易く粉砕した。

 一撃必殺。

(ステータス、どれくらい上がってるんだ?)

 俺は安全確認をしてから、久しぶりにステータス画面を開いた。


 名前: 神崎 蓮

 レベル: 6

 筋力: 26

 耐久: 24

 敏捷: 19

 魔力: 13

 固有スキル: 【超回復】


「……結構伸びたな」



 ミノタウロスの経験値のおかげだろう。

 特に筋力26は、おそらく一般人の平均を大きく上回っている。そりゃウサギも軽くワンパンできるわけだ。

 俺はドロップした魔石と、角をナイフで切り取ってポーチに入れた。

 これまでは肉しか持ち帰れなかったが、今日からはこれらが全て「金」になる。

「よし、サクサク稼ぐか」

 俺はさらに奥、第3、第4階層へと歩を進めた。


 ***


 第4階層。

 ここで、ダンジョンの空気が変わった。

 洞窟の壁がゴツゴツとした岩肌になり、通路が入り組んでいる。

 現れたのは、小鬼の集団――ゴブリンだ。



「ギャギャッ!」


「ギギィッ!」



 4匹のゴブリンが、錆びたナイフや棍棒を持って囲んでくる。

 個々の能力はウサギより少しましな程度。だが、こいつらには「知能」と「連携」がある。



「……マジ!?」


 正面の1匹を斧で牽制した隙に、横から別の1匹が飛びかかってくる。

 俺はバックステップで躱すが、足場が悪く体勢を崩しかける。


(一匹なら余裕だ。だが、ソロで複数を相手にするのは……だるいな)


 カズマの土人形デコイや、タカシのような「遊撃」がいない今、全てのヘイトが俺一人に集中する。


 攻撃に回れば防御が手薄になり、防御に回れば手数が足りない。



「オラッ!」



 俺は強引に斧を横薙ぎし、2匹まとめて吹き飛ばした。

 残り一匹が怯んだ隙に、脳天へ踵落としを決める。

 戦闘終了。

 怪我はない。スタミナも余裕だ。

 だが、今の戦闘で想像以上に時間を食われた。



「……コスパ悪いな」



 俺は倒れたゴブリンを見下ろして呟いた。

 Amazonで買ったこの斧も、切れ味が鈍り始めている。刃こぼれも目立つ。

 これ以上潜ると、武器の破損や、予期せぬ囲まれ方をして事故るリスクがある。


(リュックも素材で一杯になってきたし、今日はこんなもんか)

 俺は「引き際」を計算した。

 深追いは投資の世界でも探索の世界でも破滅の元だ。

 あの行方不明者の張り紙の男も、きっと自分の限界を見誤ったのだろう。


「帰ろう。……腹も減ったしな」


 俺は斧を背負い直し、来た道を戻り始めた。

 今日の成果は上々。



 あとは、こいつらが幾らになるかだ。

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