第11話 国営アプリ



 1月15日。

 世界がひっくり返ってから、2週間が経過した。

 俺は学校のオンライン授業(という名の動画垂れ流し)をBGMに、PCモニターにかじりついていた。

 画面には、今日発足したばかりの新しい省庁の公式サイトが表示されている。


 【特異資源開発省(通称:探索省)】


 トップページには、日の丸とツルハシを模した無骨なロゴマーク。

 そして、デカデカと『探索者資格試験、受付開始』の文字が踊っている。



「……サーバー、重すぎだろ」



 俺はF5キーを連打しながら愚痴を零した。

 予想はしていたが、アクセスが集中しすぎてサイトが落ちかけている。

 失業した氷河期世代、一発逆転を狙う若者、そして俺のような学生。

 日本中がこの「新しいゴールドラッシュ」の入場券を求めて殺到しているのだ。



「ま、俺は回線速度に課金してるからな。……よし、繋がった」



 一瞬の隙を突いてエントリーフォームに滑り込む。

 必要事項を入力し、送信ボタンを押す。

 『受付完了』の文字が出た瞬間、俺は深く安堵の息を吐いた。



「これで第一関門突破。……次はこっちか」



 俺はスマホを手に取り、同時にリリースされた「国営アプリ」のダウンロードを開始した。


 『D-Link(ベータ版)』


 開発は大手IT企業と政府の共同プロジェクトらしい。

 機能はシンプルだ。


 ・探索者IDの管理(デジタル免許証)

 ・パーティー募集(マッチング機能)

 ・ドロップ品の相場確認

 ・緊急速報(スタンピード警報など)


「……なるほど。デジタル庁にしては使い勝手が良さそうだ」



 俺は早速、アプリをインストールして起動した。

 まだ正式なIDがないため機能は制限されているが、掲示板の閲覧は可能だ。

 そこは、情報の掃き溜めだった。


『【速報】米帝、魔石のエネルギー変換に成功する』


『ゴブリンの弱点は火ってマジ? 松明持って行っていい?』


『募) 選ばれし魔法使いのワイ将のPTメンバーは20前半までの女で』


『俺の兄貴が帰ってこない。誰か目撃情報ないですか』


『【急募】タンク募集。当方、剣道三段。報酬は山分け』


 嘘と真実、希望と絶望が入り乱れている。

 中には、明らかにデマと分かる攻略情報も混ざっていた。

 『スライムは物理で殴れば分裂するから、魔法がないと無理』なんて書き込みがあるが、俺が動画で見た限り、核(コア)を潰せば物理でも倒せるはずだ。



「……情弱から死んでいくな、これは」



 俺は冷静に分析する。

 この掲示板の情報、9割はノイズだ。

 だが、残り1割に「真実」が混ざっている。

 まだ一般人は立ち入り禁止だが、現場の自衛隊員や警察の有志、あるいはリスクを冒して潜っている違法探索者アウトローたち。

 彼らが現場の動画付きで報告している「ガチ勢」のアカウントは貴重だ。



「このアプリ、伸び代はまだある」



 俺は直感した。

 今はただの掲示板だが、今後、個人の「評価システム」が実装されればどうなる?

 『この探索者は信用できる』『こいつは地雷』といった相互評価が可視化されれば、それは「信用スコア」となり、命の値段に直結する。

 Uberやメルカリと同じだ。

 評価経済社会が、ダンジョンにも適用される。



「今のうちに、有益なコテハンリストを作っておくか」



 俺はエクセルを開き、有益そうな情報を落としているユーザーをリストアップし始めた。

 ふと、SNSのタイムラインに流れてきた一つの投稿に目が止まった。


 『【検証】AB型は魔法適正が高い説について』


 投稿者は、匿名の医療関係者を名乗るアカウント。

 内容はこうだ。

 搬送された負傷者のうち、AB型の患者だけが、治療魔法(ポーション)の効き目が異常に良かった。また、無自覚に魔力を放出している事例が確認された、と。

 俺は眉をひそめた。

 まだ都市伝説レベルだが、信憑性が増してきた。

 もしそうなれば、俺たちAB型は「希少種」として特別扱いされるか、あるいは実験動物として管理されるか。



「……いや、さすがにないか」



 日本人の10%はAB型だ。1000万人以上いる人間を全員モルモットにするのは現実的じゃない。

 あるとしたら、さらに希少なRHマイナスのAB型とかだろう。

 捕まることはないにせよ、変に目をつけられるのは面倒だ。



「目立ちすぎるのはリスクだが、隠し通すのも限界があるか……」



 試験では、おそらく「魔力測定」のような項目があるはずだ。

 そこで数値を出しすぎれば目をつけられる。かといって低すぎれば、探索者としてのランク(報酬)が下がる。




「……目標は『中の上』。一番動きやすくて、かつナメられないポジション」



 俺はスマホの画面をスワイプし、アプリの「マイページ」予定地をタップした。

 そこにはまだ空欄のステータス画面がある。

 試験まであと10日。

 それまでに、ネットの海から「正解」を見つけ出し、試験官が求める「模範解答」を用意する。

 そして、実技では……。



「Amazon装備の『使用感』も、確かめておきたいところだけどな」



 俺は部屋の隅に置かれた新品のプロテクターと斧を見やった。

 実戦経験がないまま試験に臨むのは不安だが、かと言って裏でダンジョンに潜ることでの、垢BANのリスクは冒せない。

 俺は再びモニターに向き直った。


 ダンジョン攻略は、潜る前から始まっている。

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