第10話 核の炎と新たな職業


 夕食後のリビング。

 暖房が効いた暖かい部屋で、俺たち家族は食後のお茶を飲んでいた。

 まさに一家団欒の光景だが、見ているものは地獄だ。

 俺はダイニングテーブルに置いたノートPCで、SNSのリアルタイム情報を追っている。

 一方、両親はソファに座り、リビングの大型テレビでNHKのニュース特番を眺めていた。



「……うわ、エグいなこれ」



 俺がPC画面で見ていたのは、海外の個人がアップした現地映像だ。

 中東の乾燥地帯。ゲートの周辺。

 軍が「戦術核」の使用を決定し、その作戦決行の瞬間を捉えたライブ配信だ。


『――速報です。現地時間正午、ダンジョン内部への核攻撃が開始されました』


 テレビの方でも、現場のVTR映像が流れている。

 米中露など大国ほどパニックに弱い。

 警察力が不足し、市民が武装してダンジョンへ突撃。無法地帯と化した都市では略奪が横行しているらしい。

 そして、業を煮やした政府がついに「禁じ手」を使ったわけだ。



「……内部で爆発させる気か。まあ、地表でやるよりはマシやろうけど……」



 親父が湯呑みを片手に、信じられないといった様子で呟く。

 向こうの政府は「未知」を恐れるあまり、オーバーキルを選んだ。

 閉鎖空間であるダンジョン内なら、放射能汚染も封じ込められると考えたのだろう。



「……ファンタジーに科学兵器が効くんか?」



 俺はPCから顔を上げ、テレビ画面を見つめる。

 画面の中、特殊車両から発射されたミサイルが、青白く光るゲートの渦へと吸い込まれていく。

 数秒の静寂。

 だが、期待された「内部崩壊」は起きなかった。


 ズズズズズ……ッ!!


 カメラが揺れる。

 爆心地のゲートが、核の熱エネルギーを吸収したかのように赤く発光し、風船のように膨張したのだ。



『なっ……ゲートが、拡大しています! 中から……なにか出てきます!』



 テレビ画面がノイズで乱れる。

 PCのSNSには、現地民の悲鳴と共に『悪魔だ!』『逃げろ!』という書き込みが溢れかえる。

 映し出されたのは、炎を纏った巨人のような怪物たちが、雪崩のように溢れ出してくる光景。

 スタンピード(魔物の大氾濫)。



「……核のエネルギーを餌に、活性化してんじゃん」



 エネルギー保存の法則無視かよ。

 科学兵器が通じないどころか、逆に敵を強化してしまったらしい。



「……嗚呼、ダメなんだ……」



 海外はもうダメだ。復興には数十年かかるだろう。

 俺はPCのタブを閉じ、視線をテレビの国会中継へと移した。


『えー、よって本法案は、可決されました』


 木槌の音が乾いた響きを立てる。

 日本政府の動きは、意外なほど迅速だった。

 普段なら「検討を加速させることを検討する」とか言って牛歩戦術をかます老害たちも、さすがに自分たちの喉元にナイフが突きつけられれば必死になるらしい。



「意外とやるじゃん。有事の時だけは仕事が早いな、日本の政治家も」



 俺は偉そうに評価を下しながら、テロップに流れる法案の要旨を目で追う。


 【ダンジョン探索業務法】

 一、ダンジョンへの立ち入りは、国家資格を有する『探索者(シーカー)』に限定する。

 二、資格試験は一月下旬より開始。

 三、魔石およびドロップ品の売買は、認可された取引所のみで行うこと。


 要するに、「管理されたプロ」以外は潜るな、ということだ。

 さらに、首相は新たな省庁の設立も宣言した。


『本法案の施行に伴い、新たに**「特異資源開発省」**を設置し、迅速な対応にあたります』


 特異資源開発省。

 ネットでは早くも「ダンジョン省」とか「探索省」なんて呼ばれ始めている。

 役所の縦割り行政をぶっ壊して、こんな組織を爆速で作るとは。日本の官僚も捨てたもんじゃない。


 これを見ていた母さんが、ミカンを剥きながらポツリと言った。



「これ、自衛隊とか警察だけじゃ手が足らんのやろうねぇ」


「だね。かと言って、民間には管理はさせない」



 俺は母さんの言葉に頷きつつ、補足した。

 全国に無数に発生したダンジョンを、公務員だけで管理するのは不可能だ。

 だからこそ、民間人を「探索者」として公認し、労働力として組み込むつもりなのだろう。

 だが、あくまで手綱は国が握る。

 いずれ、ダンジョンが発生した私有地を強制的に国有化する法案も通るに違いない。


 画面がVTRからスタジオに切り替わる。

 深刻そうな顔をしたアナウンサーの横には、「ダンジョン評論家」や「異界生物専門家」なる肩書きのコメンテーターが座っていた。


『えー、先ほどの映像の怪物ですが、あれはオークの上位種ではないかと――』


『いや、あれは火属性の巨人族でして、習性としては――』


 もっともらしく解説しているが、手元のフリップはペラペラだ。



「なーんか、偉そうに言うてるけど……この人ら、アニメとか見てるだけちゃうん?」



 母さんの辛辣なツッコミに、俺は吹き出しそうになった。

 その通りだ。昨日までダンジョンなんて無かったんだから、専門家なんているわけがない。

 だが、世間は藁にもすがる思いで情報を求めている。

 そんな中、俺が注目したのは別の点だ。

 首相が、汗を拭いながら会見の最後にこう述べたのだ。


『我が国は、この未曾有の危機を資源大国への転換点と捉え――探索者への支援を惜しまない所存です』


「……なるほど。『資源』と認めたか」



 魔石は新たなエネルギー源の目処でもついたか?

肉は食料になる。皮や骨は新素材とかか?

 日本政府は、ダンジョンを「災害」ではなく「金脈」として扱う腹積もりだ。

 ならば、これから始まるのはゴールドラッシュだ。



「1月下旬から試験開始ね……」



 俺はカレンダーを見る。あと2週間ほどある。

 その間、一般人は指をくわえて待つしかない。

 だが、それでは遅い。

 試験が始まった瞬間、スタートダッシュを決めるには、今のうちに力を蓄えておく必要がある。



「……よし」



 俺はプロテインを飲み干し、立ち上がった。

 世界がルールを作っている間に、俺はそのルールの上を行く。

 俺はガレージへと降り、Amazonから届いたばかりの『薪割り用の斧』を手に取った。

 重い。だが、今の俺には羽のような軽さだ。



「これを持って、裏のゲートから……」



 そこまで考え、俺はふと動きを止めた。

 脳内で、冷徹な計算機が警告音を鳴らしたのだ。

(……待てよ)

 さっきのニュースを思い出す。

 『許可なき者の立ち入りを禁ずる』『違反者は厳罰に処す』。

 そして何より、これから始まる『資格試験』。



「もし今、無断侵入で警察に見つかったら?」



 当然、補導か逮捕だ。

 そうなれば前科がつく。あるいは『ブラックリスト』入りだ。

 今後、国家資格である『探索者免許』の取得が永遠に不可能になるリスクがある。

 新設される「特異資源開発省」とやらは、きっとその辺りの管理も徹底してくるはずだ。



「……割に合わねえな」



 たかだか2週間のフライングで得られる経験値と、一生涯の「探索権」を失うリスク。

 天秤にかけるまでもない。

 俺が目指しているのは、一瞬の小銭稼ぎじゃない。この激動の世界で、勝ち組の座に居座り続けることだ。



「ここで焦って垢BANされたら世話ねえわ」



 俺は斧をそっと棚に戻した。

 スタートダッシュは諦めよう。

 その代わり、試験が始まった瞬間にロケットスタートが切れるよう、準備を完璧に仕上げておく。


「コンプラ遵守。……これも投資家の嗜みか」


 俺は自嘲気味に笑い、スミスマシンのウェイトを増やし始めた。


 

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