第8話 迫られる対応


 その日の夕方、両親が疲労困憊で帰宅した。

 スーパーは戦場だったらしく、母さんは髪を振り乱し、親父は大量のレジ袋を指に食い込ませていた。



「ただいま……もう、地獄やったわ。カップ麺ひとつ取るのにも押し合いへし合いで」


「おかえり。頼んでたものもありがとう」



 俺は労いの言葉をかけつつ、内心では「来るぞ」と身構えていた。

 案の定、買ってきた冷凍食品をしまおうとした母さんの悲鳴が台所から上がった。



「ちょっと蓮! なによこれ!」



 俺は素知らぬ顔でキッチンへ向かう。

 冷凍庫は、俺が獲ってきた肉でパンパンに膨れ上がっている。



「何って、肉だよ。七キロ近くあると思うわ」


「肉って……こんな業務スーパーのブロック肉みたいなの、どないしたん!? これじゃ買ってきた冷凍餃子が入らへんやないの!」


「近くのダンジョンで獲ってきた。ニュースで見たけど明日から規制が入るみたいだから、グレーゾーンの今のうちに確保してきたんだ」



 俺は悪びれもせず、さらりと言ってのけた。

 両親はギョッとして顔を見合わせたが、今のスーパーの惨状を知っているだけに、強くは否定できなかったようだ。



「あんたなぁ……危ないことして。友達怪我してへんやろなぁ」


「一人でやったわ」


「なおさら危ないやろ!! まあ……助かるけど」



 呆れられはしたが、思ったよりすんなりと受け入れられた。

 非常時における食料の確保は、何よりも優先される正義だ。

 俺は小言を言われる前に自室へと退散した。


 ***

 翌日、一月二日。

 朝からインターホンが鳴った。



「配送でーす」



 モニターを見て、俺は思わず「マジか」と呟いた。

 玄関を開けると、目の下にクマを作った配送業者の兄ちゃんが、台車に山積みの段ボールを積んで立っていた。



「……Amazonです。お荷物、一二点」


「あ、はい。ご苦労様です……」



 俺は心の底から敬意を払ってハンコを押し、ポチ袋に入れたチップを渡した。

 世界中がパニックになり、自衛隊が出動し、ダンジョンだ魔法だと騒いでいるこの状況下で、日本の物流は死んでいなかった。

『ECの世界王者』は、伊達じゃない。



「とはいえ……」



 玄関ホールを埋め尽くす段ボールの山を見て、俺は頭を抱えた。

 プロテクタージャケット、防護盾、斧、マチェット、水、保存食の箱買い。

 ただでさえ昨日の肉騒動で家の収納は限界を迎えている。これを家の中に置く場所はない。



「……ガレージだな」



 俺は段ボールを一つずつ抱え、一階のガレージへと運んだ。

 スミスマシンが鎮座する俺の城。

 そこへ、対ダンジョン用の武器防具、食料備蓄が積み上げられていく。



「秘密基地感が増してきたな」



 シャッターを閉めきった薄暗い空間。

 俺は届いたばかりのプロテクターを試着し、斧(薪割り用)のグリップを確かめながら、スマホでニュースをチェックした。

 画面の向こうでは、予想通りの展開が繰り広げられていた。


『本日未明、政府は「ダンジョン特別措置法案」を閣議決定しました』


『これにより、許可なき者のダンジョンへの立ち入りは固く禁じられ――』


 海外のニュースも酷いものだ。

 アメリカでは州軍がダンジョンに突入したが、銃火器の効かないゴースト系のモンスターに苦戦し、部隊が壊滅したという噂が流れている。

 中国は都市ごと封鎖。ヨーロッパではデモと暴動が同時多発中。

 それに比べれば、まだ日本は「規制」で済んでいるだけ平和かもしれない。


 動画サイトを開けば、サムネイルには逮捕された有名配信者の顔が並んでいる。


 『【緊急】ダンジョン突撃してみた!→警察に包囲されました』


『【悲報】ゴブリンに追われてカメラ壊れた』


 『迷惑系YouTuber、公務執行妨害で現行犯逮捕』


「……バカばっかだな」



 俺は斧を置き、プロテインバーをかじる。

 ふと、インスタグラムのストーリーズに目が止まった。

 隣のクラスの男子生徒――確か、少し調子のいいタイプだった奴のアカウントだ。

 24時間前の投稿。『地元のゲート発見! 今からおれらで凸るわw 英雄になってくる!』

 背景には、薄暗い洞窟の入り口が写っている。



「…………」



 次の投稿はない。

 普段なら一時間に一回は更新するような奴なのに、その投稿を最後にプッツリと更新が途絶えている。

 投稿のコメント欄には『おい、生きてるか?』『返信しろよ』という友人の焦った書き込みが並んでいた。



「……生存確認なしか」



 昨日、警官が言っていた通りだ。

 無法地帯だったボーナスタイムは終わり、今日からは国家による管理が始まる。

 抜け道を探して潜ることも不可能ではないだろうが、リスクが高すぎる。



「しばらくは、雌伏の時か」



 俺はガレージを見渡した。

 最新のトレーニングマシン。大量の魔物肉

 そして、届いたばかりの装備一式。

 外に出られなくても、やることはある。

 冬休みが明けるまでの一週間。

 俺はこのガレージに籠もり、徹底的に己をビルドアップすることに決めた。

 ***

 ――それから一週間。

 俺は学校の課題もそこそこに、食って、鍛えて、ネットサーフィンをして寝るだけの生活を繰り返した。

 そして1月8日。

 三学期の始業式の日。

 鏡の前に立った俺は、制服のシャツが少しキツくなっていることに気づいて苦笑した。

 名前: 神崎 蓮

 レベル: 3

 筋力: 18 → 19

 耐久: 17 → 18

 敏捷: 14 → 15

 魔力: 7 → 9

 固有スキル: 【超回復】



「……仕上がってきたな」



 魔物肉の効果か、レベルアップ無しでもステータスが増している。

 俺は少し窮屈になったブレザーに袖を通し、久しぶりに外の世界へと足を踏み出した。



 世界が変わってしまった後の、初めての登校日だ。

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