第7話 グレーゾーン



「……ご同行、願えるかな?」



 警官の低い声に、俺は冷や汗を流しながら、必死に脳みそを回転させた。

 返り血まみれのバット。リュックから飛び出した謎の角。

 どう見ても凶悪事件の犯人だが、ここで逃げたら余計に面倒なことになる。



「あー、いや、違います。これ、人の血じゃないんで」



 俺はバットを地面に置き、両手を挙げて降参のポーズを取りながら、リュックの中身を提示した。



「ほら、これ。ウサギの肉です。近所のスーパーで買ったやつじゃなくて、そこの穴の中で獲ってきたやつ」



 警官の一人が、警戒しながらリュックの中を覗き込む。

 ビニール袋に入った肉塊と、丸められた毛皮。そして、鋭利な一本角。



「……随分な量だね。動物の死骸……いや、これがモンスターか?」



 警官たちは顔を見合わせた。

 緊張の糸が少し緩む。ホルスターから手が離れたのを見て、俺は安堵の息を吐いた。



「はぁ……またかよ」



 一番年配の警官が、深くため息を吐いて帽子を被り直した。

 その顔には、怒りというより、深い疲労の色が滲んでいる。



「……君、学生? 名前は?」


「神崎です。高校生です。すぐそこの家に住んでます」


「神崎君な。……家帰ったらニュースでも見なさい。君みたいなのが、今全国で大量発生しててね。我々も対応に追われてるんだよ」



 警官はうんざりした様子で語りだした。

 どうやら、ゲートが発生してからこの数時間、SNSや動画サイトの影響で「俺も行ってみよう」という若者が後を絶たないらしい。

 中には武器も持たずに突入し、大怪我をして救急搬送されたケースもあるとか。



「本来なら、立入禁止区域への侵入で補導対象だ。それに、そのバットも銃刀法や軽犯罪法に引っかかる可能性がある」



 警官は俺のバットを指差した。だが、すぐに「まあ」と肩をすくめる。


「現時点では、ダンジョンに関する法整備が追いついてない。あの穴に入ってはいけないという明確な法律も、モンスターを殺していいのかという議論も、まだ結論が出てないんだ」


「……つまり、今のところは『お咎めなし』ってことですか?」



 俺が尋ねると、警官は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「今日だけはな。だが、政府もすぐに動く。ダンジョンへの無断侵入を罰する法案が、緊急で可決されるだろうさ。数日……いや、明日には規制されるかもしれん」



 警官は俺の目を見て、諭すように言った。


「中身がウサギ肉で、君が無事だったから良かったものの……死人が出てもおかしくない状況だ。しばらくは大人しくしてなさい。いいね?」


「……はい、肝に銘じます。」



 俺は神妙な顔で頭を下げた。

 警官たちは「早く帰って風呂に入りなさい」と言い残し、パトカーに積んであったブルーシートの切れ端――バットを包むための布を俺に渡すと、持ち場へと戻っていった。

 その背中を見送りながら、俺は内心で舌を出していた。

(……やっぱりな)



「明日には規制か……動く気の速さは想像以上だな。」



 今は法のグレーゾーン。無法地帯だ。

 だが、逆に言えば**「今のうちにしか自由に稼げない」**ということでもある。

(国が管理し始めたら、入るのに入場料を取られたり、ドロップ品に税金をかけられたりするのは目に見えてる)

 先行者利益の旨味を味わえるのは、法が整うまでのわずかな期間だけだ。

 今日中にレベルを上げられるだけ上げておいて正解だった。

 俺はバットを警察から貰った布でグルグル巻きにし、リュックを担ぎ直して自宅へと走った。


 ***

 帰宅すると、両親はまだ買い出しから戻っていなかった。

 スーパーもパニック状態で、レジ待ちに数時間かかっているのかもしれない。



「今のうちに、戦利品の確認だ」



 俺はキッチンに立ち、リュックから肉を取り出した。

 10数個の肉塊。

 【ホーンラビットの肉(低品質)】。

 赤身が強く、脂肪は少ない。見た目は普通のブロック肉だ。



「とりあえず、洗うか」



 直置きされていたものだ。入念に水洗いし、キッチンペーパーで水気を拭き取る。

 まな板に置くと、ずしりと重い。

 全部で大体5~7キロくらいはあるだろうか。



「食えるのか、これ……」



 一抹の不安はある。

 だが、俺には【超回復】がある。最悪、腹を壊してもトイレに籠もれば治るはずだ。

 俺はフライパンを火にかけ、油を引いた。

 肉を適当な大きさに切り、塩コショウだけのシンプルな味付けで放り込む。


 ジュウウウッ!


 いい音がした。

 食欲をそそる、肉の焼ける匂い。

 獣臭さはあるが、ニンニクチューブを少し足せば気にならないレベルだ。

 ジビエとか食う機会は無かったが、臭いっていうし、こんなもんだろ。



「……いただきます」



 焼き上がった肉を皿に盛り、恐る恐る口に運ぶ。

 噛みしめる。

 固い。ゴムのような弾力だ。

 だが――。



「……あれ? イけるぞ」



 噛めば噛むほど、濃厚な旨味が染み出してくる。

 鶏肉と牛肉の中間のような、力強い味だ。

 何より、飲み込んだ瞬間、胃の腑からカッと熱いエネルギーが湧いてくる感覚がある。



「ダンジョン産らしく魔力でも含んでるのか?」



 特に根拠はないが、これを食い続ければ、消費したマナも効率よく回復できるし、もしかしたら最大値も伸びるかもしれない。



「食費ゼロで、身体強化もできるかもしれない……」



 俺はニヤリと笑い、残りの肉を冷凍庫に投入した。

 法規制? どこまで厳しいのだろうか。

 規制の穴を探すか、それとも許可を取る方法を探すか。しばらくはネットサーフィン(情報収集)の毎日になりそうだ。

 俺は山盛りの焼肉を貪りながら、スマホのカレンダーを開いた。

 冬休み明けまであと一週間。


 それまでに、俺はどこまで強くなれるだろうか。

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