第6話 一発の授業料
ガァァァンッ!!
本日5回目の快音が、洞窟内に響き渡った。
宙を舞ったホーンラビットが壁に激突し、黒い霧となって消滅する。
「……弱いな」
俺はバットを肩に担ぎ直し、転がった魔石と肉を拾い上げた。
これで5匹目。
レベルは3に上がり、身体のキレは増すばかりだ。
最初こそ警戒していたが、所詮はウサギだ。動きは直線的で読みやすいし、こちらの攻撃が一度でも掠れば即死する。
「作業ゲーになってきた」
俺は少し気が大きくなっていた。
ステータスという絶対的な指標と、圧倒的なフィジカル。
これさえあれば、ダンジョンなど恐れるに足らない場所だと思えてくる。
そんな慢心が、判断を鈍らせたのかもしれない。
俺はウサギを追うことに夢中で、周囲の変化に気づいていなかった。
「……ん? なんか空気が重いな」
ふと足を止めて、俺は辺りを見回した。
壁面の苔の色が、薄緑色から、毒々しい紫色に変わっている。
そういえば、さっきから緩やかな下り坂が続いていたし、階段のような段差も二回ほど降りた気がする。
「もしかして……階層が変わったか?」
感覚的に、ここは地下三階といったところか。
引き返そうかと思った、その時だった。
「ギャウッ!」
通路の角から、新たな影が飛び出してきた。
緑色の肌に、小汚い腰布。手には木の棒。
1階や2階にはいなかった人型の魔物――ゴブリンだ。
「お、階層が変わって敵もランクアップか」
俺は余裕を持って身構える。
ウサギよりは大きくて遅い。脅威ではない。
ふと、ある考えが頭をよぎった。
俺の【耐久】ステータスは、レベルアップにより現在『17』まで上昇している。
魔力なしでも、普通の人間より遥かに頑丈なはずだ。
ならば――**「素の耐久力」**はどれほどのものなのか?
今後のリスク管理のためにも、知っておく必要がある。
(一発、受けてみるか)
俺はあえて魔力を練らず、左腕を前に出してノーガードの体勢を取った。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
へっぴり腰だ。威力など知れている。
ボゴッ!
鈍い音がして、棍棒が俺の左前腕に叩きつけられた。
「――――ッ痛ってぇぇぇぇ!!!」
俺は思わず飛び退いた。
痛い。普通に痛い。
骨は折れていない。だが、強烈な打撲の痛みが脳天を突き抜ける。
小学校の時、掃除の時間にホウキの柄で思いっきり叩かれた時の痛みを十倍にした感じだ。
涙目になりながら、俺は逆上した。
実験失敗だ。耐久値が高かろうが、ノーガードで生身を殴られれば痛覚はある。当たり前だ。
「ギャギャッ?」
ゴブリンが「なんでコイツわざと殴られた?」みたいな顔をしているのが余計に腹が立つ。
「クソがぁぁ!!」
ドゴォォォォンッ!!
渾身のフルスイングが、ゴブリンの側頭部を捉えた。
首が有り得ない方向にねじれ、ゴブリンは一撃で沈黙する。
「……はぁ、はぁ。クソ、痛え……」
俺はジンジンと熱を持つ左腕をさすった。
青あざができている。だが、【超回復】のおかげか、痛みは急速に引いていき、あざの色も薄くなっていく。
俺は足元に転がるゴブリンの死体を見下ろした。
初めて殺した「人型の生物」だ。
もっと嫌悪感や罪悪感が湧くかと思ったが――
「……意外と、大丈夫だな」
さっきのウサギには少し心が痛んだが、こいつに関しては何も感じない。
薄汚いし、何より俺を殴った害獣だ。駆除して清々しささえある。
どうやら俺のメンタルは、自分が思っていたよりも図太いらしい。
俺は確認のため、ステータス画面を開いた。
***
名前: 神崎 蓮
レベル: 3
ジョブ: 戦士
筋力: 18
耐久: 17
敏捷: 14
魔力: 7
固有スキル: 【超回復】
***
「……油断大敵…」
俺は深く反省した。
数値は確実に上がっている。だが、ステータスはあくまで「強度」であって「無敵」ではない。
魔力を纏わなければ、俺はただの「ちょっと頑丈な高校生」だ。
いい勉強代(痛み)になった。
「さて、そろそろ戻るか。3階まで来てたなら、帰るのも一苦労だ」
ポケットは魔石と、持参したリュックはウサギ肉と皮、角でパンパンだ。
ちなみにウサギの皮も数枚ドロップしたが、獣臭さが酷かったので、記念の1枚以外は捨ててきた。
一度帰って、戦果を整理しよう。
そして何より、腹が減った。
俺は来た道を引き返し、地上を目指して歩き出した。
***
ぬるり、とした感覚と共に、俺は元の世界へと吐き出された。
「……さっむ」
1月の冷気が肌を刺す。
時刻は12時過ぎ。ダンジョンには1時間ほどいただろうか。
俺は大きく伸びをして、公園の出口へと向かう。
「おい! 君!」
突然、鋭い声が飛んできた。
ビクリとして顔を上げると、公園の入り口に黄色いテープが張られている。
そして、その向こうには制服姿の男たちが数人。
警察だ。
「え……」
俺は立ち止まる。
当然だ。未知の災害が発生したのだから、警察や自衛隊が動いていないわけがない。
俺が中でヒャッハーしている間に、外では規制線が張られていたらしい。
警官の1人が、ため息を吐いて険しい顔でこちらに歩み寄ってくる。
そして、俺の肩に担がれたものを見て、ギョッとしたように目を見開いた。
「君、どこから入った? ここは立入禁止区域だぞ」
警官の視線は、俺の顔ではなく、右手に握られたものに釘付けになっている。
俺は視線を落とす。
そこには、緑や赤のドス黒い液体――モンスターの返り血でべっとりと汚れた、金属バットがあった。
「そのバット……血まみれじゃないか」
空気が凍りついた。
俺は引きつった笑みを浮かべ、バットを背中に隠した。
……これ、完全に
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