第5話 止められない好奇心


 ガレージを出て、俺は金属バットを肩に担ぎながらスマホを操作した。

 いくらステータスが上がったとはいえ、初めての実戦だ。


 万全を期すなら、背中を預けられる仲間が欲しい。

 俺はサッカー部のグループLINEを開き、特に体格が良く、喧嘩慣れしていそうなディフェンス陣にメンションを飛ばした。ついでに、クラスのラグビー部の連中にも声をかける。


『今から近所の公園のゲート行く。装備ある奴、一緒に来れるか?』


『中身は分からんが、多分モンスターがいる。山分けでどうだ』


 既読はすぐに付いた。

 さすが現代っ子、パンデミック下でもスマホは手放さないらしい。


 だが、返ってきた反応は芳しくなかった。



『ごめん蓮。地元のツレと今から行くんよな。線路にダンジョン出てこっちまで来る電車止まってるけど、お前大阪来れる?』


『マジで言ってんの? 俺いま婆ちゃんの家だわ。広島』


『俺も無理。親父がうるさいし、そもそも兵庫にいない。ハチ北でスキー中』


『お前、死んだやついるらしいぞ。正月から自殺志願かよw』


『ニュース見たか? 自衛隊に任せとけって』



 ……全滅だ。

 考えてみれば当たり前か。今日は1月1日。元旦だ。

 普通の高校生なら、炬燵で餅を食っているか、親の実家に帰省しているタイミングだ。

 俺のように、自宅にフル装備のジムがあって、かつ正月からバットを振り回そうとしている奴の方が異常なのだ。

 最後に、相棒のセンターバックである健太から個別のLINEが入った。



『蓮、お前が行くのは止めへんけど、無理だけはすんなよ』


『お前に死なれたら、春の大会しんどいねん』


『頼むで、西宮のセルヒオ・ラ〇ス(笑)さんよ』


「……誰がラモ〇やねん。カードそんな貰ってへんわ」



 俺は苦笑しながら画面をタップした。


『土産話、期待しとけ』


 短く返信し、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。

 結局、行くのは俺一人か。

 一瞬、「行かない」という選択肢も脳裏をよぎった。

 だが、今の俺を突き動かすのは、食欲(利益)だけではない。


 眼の前に現れた「未知の世界」への、抑えきれない好奇心だ。

 目的地である近所の公園に近づくと、生臭い風が漂ってきた。

 時刻は11時を回っている。

 遠くでサイレンの音が鳴り響いているが、この辺りの住宅街は不気味なほど静かだ。

 人はいない。皆、家に閉じこもってテレビにかじりついているのだろう。

 公園の中央、黒い石枠の中で渦巻く青い光。

 俺は迷わず、その中へ足を踏み入れた。


 ***


 視界が歪み、次の瞬間には肌に触れる空気が変わっていた。

 六甲おろしの冷たい風ではない。少し湿った、生温かい洞窟の空気だ。

 壁面には微発光する苔が生えており、薄暗いながらも視界は確保できる。



「……いた」



 ダンジョンに入ってすぐ、俺は足を止めた。

 通路の奥に、小さくうろつく影がある。

 額から鋭い一本角を生やした、灰色のウサギだ。

 ホーンラビット。

 ファンタジーの下級モンスター。


(……1、2匹か)


 奴らは俺の気配に気づかず、ポンポンと跳ね回っている。

 俺は深く息を吐き、自分の体調を確認する。

 ゲームのようなHPバーなんて親切な表示はない。頼れるのは自分の感覚だけだ。

 心拍数は正常。筋肉の張りも良好。空腹感だけが玉に瑕だが、体は軽く動く。



「ふんっ」



 短く息を吐き、意識を集中させる。

 ガレージで試した感覚を再現する。

 体内の魔力を循環させ、皮膚の表面に薄く張り巡らせるイメージ。見えないレガースで全身を覆う感覚だ。

 ――できた。


 体表を薄い膜が覆う。

 俺の【筋力】ステータスは『16』。成人男性の平均がいくつか知らんが、バットを振る火力に関しては自信がある。



「よし」



 俺はバットを構え、洞窟の地面を踏みしめた。

 隠れるつもりはない。

 堂々と正面から、フィジカルで蹂躙する。



「キュ?」



 1匹のウサギが俺に気づいた。

 赤い瞳が俺を捉え、殺意を漲らせる。

 獲物だと思ったのだろう。奴は仲間を呼ぶこともなく、鋭い角を突き出して直接突っ込んできた。



「キィッ!」



 速い――いや。

 遅い。

 県大会レベルのフォワードの突破に比べれば、その動きはスローモーションに見える。

 俺は立ち止まったまま、バットを振りかぶった。

 飛んでくるボール(ウサギ)に合わせ、スイングの軌道をイメージする。

 狙うは頭部。フルスイングだ。



「……ふっ!」



 ウサギが飛びかかってくるタイミングに合わせ、俺は腰を回転させた。

 全身のバネを使い、100キロのバーベルを挙げた背筋力を、バットの先端一点に乗せる。



 ガァァァンッ!!



 硬質な金属音が洞窟内に響き渡った。

 手には確かな衝撃。だが、重さは感じない。


「ギ……?」


 ウサギの顔面が、ゴムボールのように歪んだ。

 次の瞬間、角の生えたウサギは弾丸のような勢いで吹き飛び、ダンジョンの壁に激突した。

 グシャ、という嫌な音がして、ウサギが地面に落ちる。

 頭蓋が陥没し、ピクリとも動かない。

 即死だ。



「……なるほど」



 俺はバットに残った赤色の体液を振り払う。

 予想以上だ。

 【筋力:16】と魔力纏いの乗算。

 これはもう「戦い」じゃない。コーナーキックの競り合いですらない。

 ただの「駆除」だ。



「キュッ!? ギギィ!」



 残った一匹が、慌てて逃げようとする。

 その目には恐怖の色が浮かんでいた。

 野生の勘で悟ったのだろう。目の前の人間は、自分たちが狩れる獲物ではないと。



「逃がすかよ」



 俺は地面を蹴った。

 一歩で距離を詰める。

 逃げようと背を向けたウサギの背中に、バットを振り下ろす。


 ドゴォッ!


 脊椎が砕ける感触。二匹目、処理完了。



「肉置いてけよ。……うーん、ちょっと罪悪感あるな」



 俺はバットを下ろし、苦笑いする。

 生きるためとはいえ、可愛いウサギをバットで殴殺したのだ。後味が良いわけがない。

 すると、足元のウサギの死体が、ふわりと黒い霧になって霧散し始めた。


 まるでドライアイスが昇華するように、肉体が消えていく。後には何も残らない――いや。

ボトッ、と湿った音がした。




「……ん? なんか落ちたぞ」


俺は屈みこみ、薄暗い地面に転がっているものを凝視する。

 一つは、小指の先ほどの大きさの、濁った黒い石。


 もう一つは――赤い肉塊だ。


 パック詰めもされていない、剥き出しの生肉が、そのまま洞窟の地面に転がっている。



「うわぁ……直置きかよ」



 俺は顔をしかめながら、慎重にそれを拾い上げた。

 幸い、ここは乾燥した岩場だから砂利を払えばなんとかなりそうだが。



「場所によっては汚れまくって食えたもんじゃないな、これ」



 沼地や泥のダンジョンだったら、ドロップした瞬間廃棄処分だ。

 運営(神様?)は衛生管理とか考えてないらしい。

 まじまじと見つめると、視界の端に小さなウィンドウが浮かび上がる。


 【魔石】


 【ホーンラビットの肉(低品質)】



 「……まあいい。洗えば食えるだろ」



 同時に、頭の中にシステム音声が響く。


『経験値獲得。レベルが上昇しました。Lv.1 → Lv.2』



「……っしゃ!」



 俺はガッツポーズをした。

 低品質だろうが直置きだろうが、タンパク質には変わりない。

 今夜の晩飯は焼肉だ。

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