第2話 賢明なる戦略的撤退


心臓が早鐘を打っている。

 息を切らして近所の公園にたどり着くと、そこにはすでに10人ほどの人だかりができていた。

 ブランコも砂場も、いつも通りの見慣れた風景だ。

 ただ1つ、公園の中央にぽっかりと空いた**「空間の穴」**を除いては。



「な、なんだこれ……?」


「真ん中が、渦巻いてるぞ……?」



 近所の主婦や、散歩中の老人たちが遠巻きに眺めている。

 間違いない。近くで見ると構造がよく分かる。

 黒曜石のような石枠の内側で、青白い光がドロドロと渦を巻いている。

(……中の色は違うが、異界に繋がる紫色の門がある四角いゲームを思い出した。テレビで見たのとは違うが見れば分かる。これもダンジョンの入り口だ)



「おい、危ないぞ!」



 制止する声を無視して、俺は近づく。

 だが、俺より先に好奇心に勝てなかった男がいた。近所に住む大学生だ。

 彼が恐る恐る、光の渦に手を伸ばす。

 指先がゲートの表面に触れた瞬間、バチッ、と静電気のような音がした。

 男の頭上に、青白い半透明のウィンドウ――ホログラムが浮かび上がる。


『生体認証完了。血液型:Type B』


『ジョブ選択権限を付与します』


 機械的な音声が周囲に響く。

 ホログラムには【魔術師】【僧侶】などの文字が並んでいるようだ。



「うわっ!? な、なんだこれ! ジョブ!? じゃあ魔術師で!」



 男が叫んだ瞬間、彼の体は光の渦にズブズブと飲み込まれて消えた。

 周囲が悲鳴を上げる。



「飲み込まれたぞ!」


「マズイですよ!!」



 パニックになる群衆の中で、俺だけが冷静に状況を分析していた。

(なるほど……。魔術師? なんかジョブでも割り振られるのか? なら欲しい。初動が大事だ)

 俺は迷わず前に出る。

 リスクはある。だが、リターンを得られるのはいつだって「最初に動いた奴」だけだ。



「すいません、ちょっと通ります」



 困惑する野次馬をかき分け、俺はゲートの前に立った。

 サッカー部で鍛えた身体に、前世知識で積み上げた基礎体力。理由の分からない自信だけはあった。


 多少のモンスター相手なら、スキルなしのタックル一つで吹き飛ばせる自信がある。

 俺は、右手をゲートの渦に突き入れた。



 キィィィィィン!!



 先ほどとは違う、澄んだ高音が響いた。

 システム音声が、脳内に直接響いてくる。


『生体認証……完了。Type:AB(Rh+)』


『――希少(レア)因子を確認。特典(ボーナス)機能を解放します』


 目の前に、さっきの大学生とは比べ物にならない情報量のウィンドウが展開される。


『機能解放:【ステータス・オープン】』


『固有スキル獲得:【超回復】』


 勝った。

 俺は心の中でガッツポーズをした。

(……いや、待てよ?)

 ふと、冷静な思考が頭をもたげる。

 さっきの大学生は何も言わずに吸い込まれた。

 あいつにはこの画面が見えていなかったのか? それとも、見えていたけれど口に出す暇がなかっただけか?

 もし後者なら、これは俺だけのチートじゃない。ただの「標準機能」だ。


 だが、システム音声は『レア』と言っていた。

 この『ステータス』は転生した俺への…俺だけの特別なものなのか?

 それなら転生させた神には感謝だ。


(……まあいい。今は検証してる暇はない)

 さらに、ウィンドウが切り替わり、選択画面が表示された。


『ジョブを選択してください』

 ・戦士

 ・魔術師

 ・武闘家

 ・盗賊

 ・僧侶

 ……


 俺は迷わず**【戦士】**をタップした。

 恵まれたフィジカルと「超回復」を活かすなら、前線で殴り合うのが最適解(ベスト)だ。


『ジョブ【戦士】を獲得しました。ダンジョンへ転送しますか?』


 ▶ YES

 ▶ NO



 俺の目の前に、最後の選択肢が表示される。

 さっきの大学生は、ここを確認せずに吸い込まれたのか。あるいは、考える時間を与えられなかったのか。

 だが、俺には選択権がある。



「……ステゴロ状態で、流石に行くわけ……」



 俺は【NO】をタップし、ゲートから手を引いた。

 ホログラムが消滅する。



「あいつ……戻ってきたぞ!?」


「吸い込まれないのか?」



 周囲の野次馬がざわめく。

 俺が生還したのを見て、恐怖が薄れたのだろう。



「俺も!」


「次は私よ!」



 と、数人がゲートへ殺到するのが背中で見えた。

 俺は彼らを横目に、自宅への道を早足で歩き出す。

 丸腰でダンジョンに挑むなんて、蛮勇ですらない。ただの馬鹿だ。



「さて、まずは情報収集と……買い出しだな」



 帰宅後 俺はスマホを取り出し、巨大匿名掲示板へアクセスした。

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