第2話 初めてのお友達、エステラ🎶

 曲がりくねった窓のない白い廊下を強制的に歩かされ、窓のない白い部屋へと入る。


 カプセルの部屋から整列して歩かされてきた俺達は、先頭から順に用意されていた椅子へと座っていく。俺の身体も勝手に動き、他の少女達と同じように椅子へと座る。


 しばらく強制的にお行儀よく椅子に座わらされていると、だんだんと身体の感覚が戻ってくる。それと共に、ボンヤリとしていた思考がクリアになってきた。


 色々な疑問があるが、唯一分かってることがある。それは、俺は黒い男と契約し、魂を対価に助け・・を受け取り死んだということ。そう、確かに俺は死んだのだ。


 だが、俺はここに居る。生きてるのかどうかは怪しいが、確かに存在している。契約の対価として黒い男に支払った俺の魂は、この身体に入れられたということだろうか?


 荒唐無稽な話だが、一番筋が通ってる気がする。


 いや……。


 そこで黒い男の言葉を詳しく思い返す。たしか黒い男は、まず・・魂を頂くと言った。つまり、魂が契約の対価ではなく、この身体でその簡単な作業・・・・・とやらをさせるのが契約の対価なのだろう。


 ここが死後の世界なのか、それとも別の何処かなのか知らないが、死ねば全てから解放されると思っていた俺は、ずいぶん甘かったみたいだ。


 よくよく考えてみれば、ただ死ぬだけ・・・・・・助け・・て貰えるなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。


 この身体で行う簡単な作業・・・・・まで含めての助け・・。つまり、先払いの労働契約のようなものだったんだろう。


 黒い男に何でもやると言ってしまった以上、先払いされた報酬に対して、相応の労働をするのはやぶさかではない。


 十中八九、クソろくでもない簡単な作業・・・・・だとは思うが、契約は守られるべきだ。


「はぁ……」


 ため息が出るが……何にせよクソみたいなあの人生から・・・・・は解放されたわけで、悪くない取引だ、多分。


 とりあえず、今の俺はどうなってるんだろうと、ようやく自由に動くようになった身体を確認してみることにした。


 下を見る。黒を基調とした軍服風のフリフリの衣装に、控え目に膨らんだ胸が見える。スカートからは、白い太ももとスラリと伸びた長い脚。


 やはりというか、予想通り他の連中と同じような少女の身体になっているようだ。


 存在しないはずの記憶……いつの間にか刷り込まれていた記憶によると、魔法で製造された少女のような外見の『マギドール』というモノらしいが。


 死後の世界、何でもアリだろうと腹をくくっている身としては、性別が変わってることくらいで驚きはしないし、以前の身体に未練があるわけでもない。


 記憶ってのは脳にあるんじゃないんだな……とか、魂に性別はあるんだろうか……とか他愛もないことを考えながら、とりあえず自分の身体を動かしてみることにした。


 にぎにぎっ。


 以前の身体に比べ、かなり小さくなった掌を握ったり開いたりしてみる。おおっ、自分の思った通りに指が動く! 素晴らしい、心が躍る!


 思う通りに身体が動くってのは良いものだ。小さな手でにぎにぎとグーパーを繰り返していると何やら周囲が騒がしくなってきた。


『どうなってんだよ!』


『何だコリャ!?』


『どこだ、ここは?』


『ふざけやがって、ブっ殺すぞ!』


『責任者を出せ!』


『女の子になってる!?』


 どうやら身体の感覚が戻った他の少女達が騒ぎ始めたようだ。立ち上がった少女達が可愛らしい声を張り上げ、口汚く喚いでいる。見た目は美少女なものだから、違和感が半端ない。


「っ!?」


 騒いでもどうにもならないだろうと無視し、手をにぎにぎしていると、突然、少女が俺の手の上に飛び込んできた。


 反射的に受け止めたのは、銀色の髪を縦ロールにした性格のキツそうな整った顔立ちの少女。


 ゴージャスな黒と紅の衣装の、お嬢様か女王様といった風体の少女で、確かカプセルの部屋で赤髪の少女にエステラと呼ばれていた……ような気がする。


 どうやらエステラの後ろに立ってる緑髪の少女に突き飛ばされたようだ。


「あぁ? クソガキ、なにジロジロ見てんだよ?」


 チンピラのような口調で絡んできたのは、緑色の髪の三つ編みに垂れ目ぎみの瞳の儚げな顔立ちに、森の妖精のような衣装の少女だ。


 本人は凄んでいるつもりなのだろうが、気弱そうな容姿と可愛い声のせいで、チワワが必死で吠えてるようにしか見えない。


 あだ名は委員長だな……アホみたいな感想が浮かぶ。


「なんだゴラっ!」


 正直、こんな状況で揉め事を起こすようなアホとは関わり合いになりたくないが、放置するとさらに面倒臭いことになりそうな気がする。


「さっき問題を起こすなと言われただろ」


「……!」


 俺の言葉に緑髪の少女はムっとした表情になる……が、そんなことより俺は自分が発した声に驚いていた。小鳥が囀るような、可愛らしい声色。


 ちゃんと喋れるみたいだが、何だこの声。違和感しかない。自分の発した声の違和感に戸惑っていると、緑髪の少女がまた吠えた。


「ハッ! クソガキが偉そうに!!」


 激昂した緑髪が拳を握り、俺とエステラの方へ近づいてくる。本人は凄んでいるつもりなのだろうが、気弱で大人しそうな少女が相手なので怖くもなんともない。


 というか、この状況で暴力沙汰とか正気とは思えない。ああ、『マギドール』なんかにされるような奴が、まともな頭を持ってる訳ないか。他人のことは言えないが……。


「おい、指示に従わないってことが、どういうことか分かってるのか? 何をする・・・・相手か、お前だって知ってるだろ?」


 緑髪の傍若無人な態度に少しきつめの口調で注意すると、アホっぽい緑髪にも言葉の意味が理解できたたらしく、拳を握ったまま可愛い顔で睨みつけてくる。


「チッ、クソガキが! 何で俺が……俺はなぁ、俺は……おれは……あれっ? おれ……?」


 緑髪は小声でブツブツと呟いたと思ったら急に黙り込み、そのまま糸が切れたように大人しく自分の椅子に座った。


 おっつ、意外にあっさり引いたな。まあ、少しでも知能があれば、マギドールなんてモノを造るような訳のわからん相手と揉め事を起こそうとは思わないか。


「大丈夫か?」


 緑髪が大人しくなったことを確認すると、何となく抱き抱えたままだったエステラの身体を起こしてやる。


「ス、スンマセン、身体がちゃんと動かなくて、なんかヘンな服でスースーするし……えっと、お、お嬢?」


 何だ『お嬢』って。


「いや、お嬢はちょっと……」


「えっと、じゃあ姐さんで!」


 いや『姐さん』もアレなんだが……。


「姐さん! ホント、ありがとうござーしたっ」


 エステラはキツそうなお嬢様……というより女王様然とした外見に似合わなぬ殊勝な態度でペコリと頭を下げる。そこはかとなくチンピラ臭が漂うが、とりあえず自分がマギドールにされたことは理解しているみたいなので、話はできるだろう。


「えっと、姐さん、オレは……」


「エステラだろ。白衣の赤髪がそう言ったんだから、お前はエステラで、俺はリリナだ。よろしくな」


 自己紹介でも始めそうな雰囲気に、俺は思わず口を挟んだ。冗談じゃない。せっかくクソみたいな前の人生から解放されたっていうのに、昔の話なんか死んでもしたくない。


「えっあっ、はいっス。リリナの姐さん、よろしくお願いするっス!」


 エステラが凄い勢いで直角に頭を下げた。最敬礼ってやつだ。卒業式以外でやってる奴は初めて見た。


「い、いや、気にしないでいい……ん?」


 何やら視線を感じて周囲を見ると、いつの間にか他の少女達の注意を集めていたようだ。さっきまで喚いていた連中はいつのまにか大人しくなり、俺達を見ている。


 俺達のさっきのやり取りで、『マギドール』なんてモノを造る奴等を相手に問題を起こすリスクを理解したのだろう。


 奇妙な静寂が部屋の中を包む中、突然ドアが開いた……。

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