魔法少女ダイアリー♡

鈴森京也

第1話 誕生、魔法少女リリナ!

 暗い、暗い、闇の底……暗くて冷たくて心地良い闇の底――


 ヒヤリと首筋に何かが触れる感触に、ゆっくりと意識が戻ってくる。


 ぼんやりと見えるのは、わたしを覗き込んでいる白衣を羽織り赤い髪をショートボブにした少女の整った顔と白い天井。


「意識はありますね?」


 妙に大人びて事務的な口調だが、可愛らしい声。


 咄嗟に目の前の赤髪の少女の問いに答えようとするが、頭がボンヤリして言葉が出てこない。赤髪の少女は答えを待たず、手に持ったタブレット状の端末を弄ると、再び覗き込んでくる。


「個体識別名リリナ、今日から千桜の魔法少女として頑張ってください」


 統合総括……千桜……魔法少女……助け……金……黒い男……死……。


 いくつかの言葉が浮かんでは消える。思考することが酷く重い。だが思考を止めることはできず、次第に意識が回復していく。


 わたし……わたしは……いや、俺……俺は死んだはず……。


 意識の中で次第に単語が意味をもつようになり、最後の記憶が……俺が死んだ夜の記憶がゆっくりと甦ってくる――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「うっ、ううっ……」


 ザァザァと真っ暗な空から雨の降りしきる深夜の繁華街の裏路地、俺には正しく絶望しかなかった。


 雨音だけが響く、古いビルが密集する薄暗い裏通りで俺は地面に這いつくばって呻くことしかできなかった。そう、あの黒い男に声を掛けられるまで――。


『お困りのようですね。助けは必要ですか?』


 激しい雨音の中、その男の声だけが妙に鮮明に聞こえたことを覚えている。


 声の主を確認しようと頭をわずかに上げると、雨に煙る暗い通りの先に人影らしきシルエットが見えた。目を凝らしても逆光のせいか表情までは見えなかったが、確かに全身黒づくめのスーツの男が傘もささずに立っている。


 最初は幻覚だと思った。何日もろくに寝ていない疲弊した脳が作り出した幻覚だと。だが、追い詰められていた俺は幻覚だと思いつつも、藁にもすがる思いで黒い男の問いに答えていた。


「あ、ああ! 困ってるんだ。助け……助けが必要だ!」


 藁にもすがる思い。俺はその言葉の意味を身をもって理解した。幻覚に何を言ってるんだと自嘲しながらも、『もしかしたら』『万が一でも』と儚い期待にすがるように黒い男の反応を待つ。


『ふむ……』


 雨の中、傘もささずに佇んでいる黒い男が、俺を値踏みするように見つめていた。俺は助けを得られるなら全てを、本当に全てを捧げるつもりだった。だから縋った。


「何でもする! 金だ! 明日の朝までに金が必要なんだ! 助けてくれるなら、犯罪だろうが何だろうが、あんたの望むことを何でも、どんなことでもやる!」


『ふむ、「何でも」ですか?』


「ああ、何でもだ! 明日の朝までに金をくれれば、何でもやってやる!」


『なるほど。それでは、あなたを助ける対価としてまず魂を頂けますか?』


 普段なら鼻で笑い飛ばすような戯言。


 物語の悪魔の取引のようなことを言い出した黒い男を、雨に打たれながらぼんやりと見上げたことを覚えている。


 俺の正直な感想は『そんなものでいいのか?』だった。


 黒い男はどうやって俺を助けるのだろう……そんな当たり前の疑問さえ思いつかないほど追い詰められていた俺は、『助け』という言葉に無条件に縋りついた。


「魂? ああ! 明日の朝までに金をくれるなら、魂でも命でも、何でもくれてやる!」


 魂を差し出すだけで助けてもらえるなら、それは俺にとってとてつもない幸運だ! 命だって魂だって何でもくれてる。だから金をくれ!


 本当に、本当に疲れ切っていた俺にとっては、魂も命も大した価値がなかった。明日の朝までに金を用意できるなら、それが俺にとっての最高の幸せだと思った。


『いいでしょう。契約は結ばれました』


 事務的な口調でそう告げた黒い男は、特に何をした風でもなく言葉を続けた。


『――終わりました。ご確認を』


 激しい雨音の中でもよく通る声でそう言われたが、黒い男が特に何かしたようには思えない。俺は雨に打たれながらいぶかし気に男を睨んだ。


『ご確認を』


 再び黒い男に促され、俺は雨に濡れる指で携帯端末で操作する……いくら必要か言った覚えもないのに、必要十分な金額が入金されている。


 信じられなかった。


 俺はもう一度携帯端末を確認し、本当に必要な金額が入金されていることを確認する。


 他人から見れば大したことのない、はした金かもしれないが、俺がどうしても手に入れることができなかった金。これで思い残すことはない。安堵に全身の力が抜けていく。


「あ、ああ……ありがとう! ありがとうございます! ああ! 本当に、本当にありがとうございます!」


 心の底から溢れ出る黒い男への感謝の気持ちに、自然に涙が込み上げてくる。俺は祈りを捧げるかのように地面に頭を伏せたまま、黒い男に感謝の言葉を言い続けた。


『それでは契約を履行していただきます。契約通り――まずは魂を頂きます』


 男の言葉と同時に、俺の中から何かが吸い出されるような喪失感が襲う。何かが……命そのものが吸い取られていくような、そんな感覚。


『とりあえずは……そうですね。死んでください』


 ああ、もう生き続ける必要はないんだ!


 黒い男の言葉に深く安堵したのを覚えている。どうせ俺は死ぬしかなかったんだ。死ななければ終わらなかった。自分自身で死ぬという面倒な手間まで省いてくれた黒い男には、感謝の念しかない。


「ああ、あ……りがと……う……」


 全てが吸い出されるような喪失感に堪えながら、俺は雨の中を去っていく男に心からの感謝を伝える。心残りは何もない。


 もうこのクソみたいな世界で生きる必要がないのだと思うと、本当に、本当に感謝の気持ちしか湧いてこない。


 死は解放だ。煩わしい全てから解放される。俺は自由になれる。素晴らしい……何て、何て、何て素晴らしい気分なんだ! 最高だ! 本当に最高の気分だ!


『感謝には及びません。これは公平で公正な契約です。「何でもやる」という言葉を忘れてないでくださいね。なに、簡単な作業・・・・・をしてもらうだけですよ』


 男は立ち止まり振り返って俺を見た。男がうっすら笑ったようなに見えたのは気のせいだったろうか……。


 俺は自分の生命がゆっくりと消えていくのを感じた。暗い海に沈んでいくように、ゆっくりと黒い虚無が意識を塗りつぶしていく―――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 俺は死んだ。


 間違いなく死んだはず。そう、ようやく俺はゴミみたいな人生から解放されたはずだ……。


 霧がかかったようにボンヤリとした思考で最後の記憶を辿っていると、俺を覗きんでいた白衣に赤髪の少女がふいに視線を外すと立ち上がった。


 視界から白衣に赤髪の少女が消えると、白い天井だけが視界に残された。俺はどこかに寝かされているようだ。


 身体がまったく動かない。どうにか身体を動かそうするが、指一本どころか視線さえ動かすことができない。天井の一点を見つめたままという状態。


 見えるのは白い天井と俺の周囲だけ。どうやら棺のような物の中に横たわっているようだ。死んだのだから棺に入っているのは当然か、などと他人事のように思う。


「意識はありますね?」


 左側から先ほどの赤髪の少女の声が聞こえる。


「個体識別名エステラ、今日から千桜の魔法少女として頑張ってください……」


 呼びかける名前が違うが、さっき俺に言ったのと同じセリフ。


 赤髪の少女は定型文のような言葉を言い終わると、さらに隣りへと移動したのか、少し小さく聞こえる声で同じ言葉を繰り返す。ボンヤリとそれを聞いていると、不意に頭の中に声が響く。


『Transition from standby state to active state.(待機から起動へ移行)』


 その言葉で全身にスイッチが入ったような感覚が走り、身体中に力が漲ってくるのを感じる。


「整列してください」


 先程の白衣に赤髪の少女の声に、俺の意思とは関係なく体が勝手に動き、機械的に上半身を起こすと、棺……円筒形のカプセルから出て立ち上がる。


 視線がいつもより低いような気がする。自分で身体を動かすことができないので確認しようもなく、視界の範囲内で周囲をボンヤリと見ていることしかできない。


 白を基調しとした室内には、俺が入っていたのと同じ円筒形のカプセルが並び、研究室を思わせる不思議な機器が置かれている。


 周囲には俺と同じようにカプセルから立ち上がった赤、青、黄色と色とりどりの髪の12~3歳とおぼしき少女達が見える。


 少女達は全員がアニメの魔法少女のような衣装を身にまとい、人形のように整った美しい顔立ちをしている。


 少女達を見ていると、ふと頭の中に『マギドール』という単語が浮かぶ。


 マギドールソレについてボンヤリと考えていると、頭の中に『マギドール』の情報が浮かんでくる。どうやら、『マギドール』は魔法技術で作られた特殊能力を持つ肉体……らしい。


 存在しないはずの記憶。こんな知識、いつの間に覚えていたんだろう……などとボンヤリと思っていると、突然直立していた身体が意思に反して動きはじめる。


 他の少女も同じなのだろう。正面に立っている白衣に赤髪の少女の前に、能面のように無表情な少女達が統率の取れた軍隊のように一糸乱れず横一列に並んでいく。


 俺は相変わらず指一本動かせず、その光景をボンヤリ眺めることしかできない。


「これから、別室へ移動してもらいます。すぐに初期起動状態アイドリングは解除されますが、担当官が到着するまで問題を起こさないように。では、移動してください」


 赤髪の少女が整列を終えた少女へ向かって事務的にそう告げると、勝手に俺の身体が動きだし、他の少女達と一緒に奇麗に1列になって部屋の外へと歩き始めた。

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