9話 凸凹コンビと人食い野犬事件①

※本話には人体の損壊・遺体描写など残酷な表現が含まれます※



 センリは朝早くから異界対策課の資料室を訪れた。


 三つの花の女について、依然として情報は集まらない。

 腹立たしいし、悔しい。

 だがそういう時こそ冷静になるべきだ。


(犯人の情報が得られないなら! その周りから!)


 何事もまずは外堀を埋めるところから。

 基本である。


 連続性のある事件であれば被害者分析も使える。

 だが今回の事件では、一人は保育園児で一人は二十代男性と、所属グループが異なりすぎて参考にならない。


 センリは手帳を開き、資料室の奥の棚を覗き込んだ。


「えーっと、越境犯罪関連……この棚かな」


 センリは背表紙のラベルを見ながらファイルを引き抜いた。


 三つの花の女は、その特徴から異界人リンバスであることは明らかだ。

 彼女が黄泉ヶ原よみがはらに来た時も、植物を持ち込んだ時も、それ相応の手続きが必要になる。


 だが、所持するだけで罰金刑になる指定植物を持ち込むなら密輸しかない。


 行政が管理している異人間越境いじんかんえっきょうゲートは、五年前に葦原あしはらを異界へ引きずり込んだ中心地に常設されている。

 だが野良のゲートは実は、黄泉ヶ原のそこかしこに存在している、らしい。


 センリも異界対策課に来て初めて知ったが、黄泉ヶ原の空間というのは非常に不安定で、いつ人界と異界の間を繋ぐゲートができてもおかしくないそうだ。


 そのため、野良ゲートを使った密輸や闇取引を摘発した時の資料が役に立つはず。

 ……と、思ったのだが。


「……なんか、違うな」


 センリは頬杖をつき、顔をしかめた。


 棚にある資料では、どれも「目当ての植物があったからゲートを何度もくぐって探しに行った。そしたら見つかった。なので売った。バレて捕まった」というものだ。


 三つの花の女のような「ちょうどいいものがあるんだけど、これ、あなたの役に立つんじゃない?」というケースには合わない。


 三つの花の女はおそらく、もっと自由に異界に出入りしている。


 さらに、闇取引を行う者たちには明確に、「金を稼ぐ」という目的がある。

 だが三つの花の女の目的は、はっきりしていない。


 アビス・アライアンスという組織の目的として「異界と人界の融合」があることは承知しているが、人食い花や寄生植物が果たしてそれに寄与するだろうか。

 謎は深まるばかりだが、次の事件が起こることは確実だ。


「……早く捕まえないと、今度はどんな植物が出回るかわからないってのに」


 何せ相手は、年端もいかない子供の寂しさを利用して人食い花に食わせようとする犯人だ。

 次は誰のどんな気持ちを悪用するか、わかったものではない。


 センリは溜息をつき、資料を棚に戻した。

 そういえば、と自分の手を見下ろす。


 棚に触れ、ファイルに触れ、色んなものに触れている。

 だが、センリの瞳が妙な静止画を見せることはなかった。


(……物に触れるだけが条件じゃないんだよな。事件現場限定、あるいは……死に関係していないと見えない、とか? ちょっと中二病か……)


 黄泉ヶ原に来て、センリの瞳が少し変化したのだろうか。

 疲労を感じて目頭を押さえていると、頭にファイルの角がかすめた。


 資料を出し入れしている間に、別のファイルがはみ出てしまったらしい。

 慌てて押し込もうとして、そのファイルの背表紙を見たセンリは動きを止めた。


『葦原異界融合事件・失踪者名簿』


 ひやりと背筋が冷える。

 センリは思わずそのファイルを引っ張り出し、中を見た。


 五十音順に、ずらりと失踪者の名前が並ぶ。

 震える手で「か行」を探すと、「鏡崎」が二人、生死欄白紙で並んでいた。

 他の失踪者も、生死は空欄か「死亡」だけ。


 生還した者はいない。


(……父さん、母さん)


 センリは二人分の名前をそっと親指で撫でた。


 五年前。

 両親とビデオ通話で喋ったのが最後だった。


『次の仕事は葦原に行くんだ。懐かしいよ、センリが生まれる前に行ったきりでね』


 そう言って笑った父の顔をまだ覚えている。

 センリは細く溜息をついて感傷を払い、ファイルを棚に戻した。


(……三つの花の女の動きを公的機関が把握できない以上、捜査を理由にした異界入りは根拠不足で却下されるだろうな)


 人界の人間が異界へ行くことは非常に困難だ。

 正規の手続きを踏もうとすれば、業務上の必要性など複数の項目を満たした上で、「異界越境許可証」の交付を受けなければならない。


 警察など一部職業は、その許可証交付を受けるにあたっていくつかの免除事項がある。


(……僕も、いずれは異界に入って、そして……)


 思考をそこで止め、センリはファイルを棚に戻す作業を再開した。


 三つの花の女は、野良ゲートを使うなどの危険を冒さず、越境許可証を持つ者を協力者として抱え込んでいる可能性もある。

 冷静に調査を重ねなければならない。

 冷静に……。


 ふと、ファイルの奥に別のファイルが入り込んでいることに気付いた。

 なんの気なしにファイルを引っ張り出したセンリは、表紙を見て目をまたたかせる。


『葦原異界融合事件報告書』


『調査担当:境界調査員 鬼灯イサナ、熊鎧ヴェールハウト』


 内閣からの調査依頼を受けて、イサナが作成した報告書のコピーのようだ。

 だが。


「……境界調査員? 初めて聞いたな」


 境界調査員、とネットで検索したセンリは、きょとんと目を丸くした。


 境界調査員。

 異界と人界を行き来して調査を重ねることで、出身と異なる世界を調査研究するとともに、異なる世界の存在を元の世界に戻す活動をしている者。

 特殊な技術を持つと言われているが、その活動は秘匿されているため、定かではない。


 都市伝説の一種となっているようで、噂レベルの話しかなかった。


(……課長は陰陽師っぽいし、このヴェールハウトさんは……いかつい名前だし、日系ドイツ人とか? 吸血鬼ハンターとかだったらどうしよう)


 センリは興味本位でイサナの報告書に目を通した。


 五年前当時の、異界と混ざり合った直後の葦原の街並みを撮影した写真と、イサナのコメントらしき言葉が続く。


(……そっか。課長もあの場にいたんだ)


 テレビのニュース越しでしか状況を知らなかったセンリにとって、どの写真も鮮明でむごたらしい。


 断崖絶壁と化した道路、上から降ってきた建物に潰されたビル、斜めに消失した断面をさらす家屋、まったく別の街がつぎはぎに接続した通り。

 こんな中にいた人間が、無事でいられるはずはない。


(……父さんと母さんも、こんなところに?)


 胃の辺りが、ぐっと重くなった。


 写真資料の後には、イサナによる説明資料があった。

 元は誰かに対するプレゼン原稿を兼ねていたらしく、ところどころに手書きのメモが書き込まれている。


『異界と人界は、同じ場所に重なって存在している、と言われている』


『二つの世界は重なり合い、互いに干渉できない。だが空間の壁に穴が開くことで、その穴越しに互いの世界が歪に接続してしまう。これを“融合”と称している』


『空間に穴が発生する原因は不明、目下調査中(諸説を一部列挙する?)』


『だが穴の近くで戦闘行為を重ねれば全てを闇へ葬る崩落が発生することは、アメリカ・ネバダ州、中国・四川省、日本・福岡県が既に証明している。ゆえに、葦原においては国際異界共存協定に則り、相互非攻撃を徹底し、人命救助と秩序回復を優先課題にすべきと進言する』


『注。異界よりも、東京が福岡の二の舞になることを先生方は恐れている。異界の資源を活用できるなどのメリットを訴え、世界で四番目の境界都市の確立を目指す方向で説得を』


 異界対策課設立前の、貴重な資料かもしれない。

 ページの余白に描かれたクマのイラストもイサナによるものだろうか。


(……可愛いところあるんだな)


 その瞬間、携帯端末が音を立ててセンリは飛び上がりそうなほど驚いた。

 不敬な考えがイサナにバレた気がする。


 どっどっどっ、と落ち着きなく胸を叩く心臓をなだめつつメッセージを確認したセンリは、目を丸くした。


「……人の腕を落としていった野犬の捜査……?」


 猟奇的な光景しか頭に浮かばず、センリは鳥肌を立てながら課長室へ向かった。



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