10話 凸凹コンビと人食い野犬事件②

※本話には人体の損壊・遺体描写など残酷な表現が含まれます※



 センリが課長室に入ると、イサナは難しい顔をして資料を見つめているところだった。

 彼女はセンリに気付き、顔を上げて微笑む。


「来たな」


「野犬が人の腕を落としていったって、どういうことですか?」


「うん……目撃者の話では、そうとしか説明できなくてな」


 イサナはセンリの端末に捜査資料を送信して続けた。


「今朝、ゴミ捨てに出た目撃者は、突如野犬の群れに襲われた。怪我人なし。野犬がある程度ゴミをあさったところで、遠吠えが聞こえ、群れは撤収。その際、野犬は目撃者の前に人間の左腕を残していったそうだ」


 写真を見ると、薬指に指輪をした男性の左腕だった。

 変色し、既に腐敗が始まっている。

 ところどころに犬っぽい歯型が付いているが、その大きさが尋常ではなかった。


 センリは資料を閉じ、深く溜息をついてから尋ねた。


「……メリーに上空から群れを探してもらいますか?」


「いや、彼女には別件を頼んでいる」


「えっじゃあ僕一人ってことですか?! 無理ですよ銃で勝てます?!」


 泣き言を吐くセンリに対し、イサナは悪戯っぽく微笑んだ。


「安心しろ。お前一人じゃ犬に翻弄ほんろうされるだろうが、ヴェールハウトをつける。あいつにかなう獣はいないぞ」


「ヴェールハウトさん?」


 資料で見た名前の人物と早速会えるとは思わず、センリは表情を明るくした。


「異界対策課にいるんですね。葦原異界融合事件の資料で、名前だけ見ました」


「そうだったか。ここには大した資料は残っていないと思っていたが────」


 そこへ、重たいノックが聞こえた。

 イサナが「おや」と目をまたたかせて微笑む。


「時間通りだな、ヴェール。入れ」


「失礼する」


 骨まで振動が伝わりそうな低い声に怯んだセンリは、反射的に扉の方を振り返り、そしてそのまま絶句した。


 課長室の扉から、ノックの主は大儀たいぎそうに身を屈めて入室する。

 ゆっくり歩いているだけだというのに、ずしん、と床が震えていた。


 天井に掠りそうなほどの高身長。

 課長室が一気に狭くなったと錯覚させる、存在感のある巨体。

 スーツの上下もネクタイも上質だが、ワイシャツはなく毛むくじゃらの胸元が露出している。


 照明に当たった丸い耳をぴるぴると震わせ──体長二メートルを超える巨体のクマが、センリに向かって右手を差し出した。


「センリ殿。お初にお目にかかる。我輩は熊鎧くまよろいヴェールハウト。異界に名高き、誇り高く勇猛な戦士である」


 スーツの袖から出た右手だけでセンリの顔よりも大きかった。

 分厚く傷のある肉球、そしてメリフェザーの鉤爪よりも太く年季の入った爪が並ぶ。


「……新人の、鏡崎センリです……よろしくお願いします……」


 センリの挨拶はひどくか細いものになった。

 握手を求められた以上は無視もできず、震える手でヴェールハウトの握手に応じる。


 頼むから握り潰さないでくれという怯えを感じたのか、もに、と肉球に包まれる感触だけを残して握手が終わった。


(えっやわらかい……)


 思わず自分の右手を見つめるセンリに構わず、イサナがヴェールハウトに声をかける。


「ヴェール。彼が“面白い眼”を持つ新人だよ」


「おお! イサナから噂は聞いているぞ。一緒に仕事をするのが楽しみだったのだ」


 ヴェールハウトは嬉しそうに言うが、センリはろくに返事ができなかった。

 イサナはくすくすと笑う。


「しっかりしろ、坊や。現場の住所は端末に送っておいた。目撃者から話を聞いてくれ。野犬がどこから左腕を持ってきたのか、明らかにするように」


「了解しました……僕の目が役立つかわからないですけど……」


 センリは引きつった愛想笑いをイサナに返し、人間規格の屋内に苦戦するヴェールハウトと一緒に本部を出た。



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