8話 新人コンビと白繭死体遺棄事件④



 センリとメリフェザーが警察署の待合室にいると、解放された蟲織ヤツカが入ってきた。

 彼女は八つの目をセンリたちに向け、淑やかに一礼する。


「ありがとうございます。容疑を晴らしてくださって」


「いえ、こちらこそ……申し訳ありません。誤解と思い込みから、あらぬ疑いをかけてしまいました」


 センリが言うと、メリフェザーもヤツカも少し驚いた様子だった。

 あれ、とセンリが戸惑っていると、メリフェザーがヤツカに向かって微笑む。


「大変だったね。でもさ、改めて聞かせてくれない? お店を見たけど、誰かが商品を強奪しようとしたっぽいじゃん? どうして警察にそれを言わなかったの?」


「それは……」


 ヤツカは赤い瞳を半分ほど黒に隠し、言い淀んでいた。

 メリフェザーが彼女にベンチをすすめ、三人で改めて話をする。


「……刑事さんは、異界人に対する偏見について、ご存じですか?」


「……自分はこの街に来たばかりでして、噂だけでしたら」


 センリは小さく頷いた。


 異界と人界の入り混じった境界都市「黄泉ヶ原」では、人界に受け入れられる異界人の特徴がある程度決まっている。


 人界側に馴染みのある動物の特徴の者、もしくは恐怖心を与えないような人型。

 それだけだ。

 異界からすれば、受け入れられる種族はあまりにも少ない。


 メリフェザーが苦笑する。


「まー、センちゃんみたいにツルツルな手足のヒトから見たら、アタシみたいなのも怖いよね? ほら、おっきな爪もあるし!」


 メリフェザーは明るく言って鉤爪を備えたつま先を軽く浮かせて見せた。


 センリは思わず、どきりとしてしまう。

 あらゆる道具も断ち切れなかった糸を呆気なく切り落とした鉤爪を、確かに恐ろしく思ったのだから。


 ヤツカも静かに頷いた。


「ですから、異界人は人界人に比べて、強靭だと思われやすいのです。本当はそんなことないのですけれど……そのせいで、何か被害を訴えても、『異界人ならどうとでもできるでしょう』と真剣に受け止めてもらえないことが多くて」


「そ……そうでしたか。すみません、配慮不足です」


「いえ、いえ、こうして刑事さんみたいに、真剣に取り組んでくれる人もいるとわかったので、嬉しかったですよ」


 ヤツカは人相のわかりにくい顔立ちだったが、それでも、細められた赤い瞳と声から微笑んだことだけは感じ取れた。


「……では改めて、被害者との間で何があったのか聞かせてくれませんか?」


「わかりました」


 ヤツカは頷き、昨夜のことを語り始めた。





 手帳を閉じ、センリは目の前の建物を見上げた。

 バー「ユキワリ」とネオン看板を出した、小さな佇まいの店だ。


「……被害者は友人と一緒に、洋装店『まほろば』に強盗に入った。だが棚を開ける前にヤツカさんが階下に来たことで二人は逃走。その際、『ユキワリ』で作戦を立て直そう、と発言していた……」


「このバーを出た後に、ビルの屋上で何かあったかもしれないってことだよね。センちゃんが見たもの的に考えればさ」


 メリフェザーは当たり前のように言うが、センリは顔をしかめた。


「まだ幻覚の可能性は高いよ。今まであんな風に、物に触っただけで何かが見えることなんてなかったんだ」


「でも、蜘蛛の女の子は本当に犯行には無関係だったよ?」


 センリが振り向くと、メリフェザーは丸い頬を持ち上げるようにして笑った。


「もしこのお店にさ、首に刺さるような物があったら……さらに『ぽい』よね!」


「……家宅捜査はできない。僕たちはただ、被害者の身元を調べるための聞き込みに来ただけだよ」


「わかってるよぉ」


 センリは溜息をつき、ジャッジが見えないように上着で隠した。


「じゃあ、もしもの時は手筈てはず通りに」


「了解!」


 店の上空へと舞い上がるメリフェザーを見送り、センリは開店前のバーに踏み込んだ。


 薄暗い店内。

 カウンターでグラスを拭くバーテンダー以外に、店員の姿は見当たらなかった。


 バーテンダーはサングラス越しに険しい表情を浮かべた。


「まだ準備中ですよ」


「お忙しいところすみません。警視庁異界対策課の鏡崎です」


 警察手帳を見せると、バーテンダーは眉間に深くしわを刻んだ。


「異人区で事件がありまして。被害者がこのバーに通っていたようなので、何かお話を聞けたらありがたいんですが……こちらの男性に見覚えはありませんか?」


 遺体から作られた人相書きを見せると、バーテンダーは目を丸くした。


「こいつは、確かにうちの常連だな」


「昨夜もこの店に来たはずなんですが、どんな様子だったか覚えていますか?」


「女にフラれたんだか知らないが、やけに荒れていましたね。『次はもっと上手くやる』とかなんとか言って……その辺りはうちのやつの方が詳しいかな。昨夜、非番だからってそいつと店に飲みにきたはずなんで」


 バーテンダーの言葉に嘘はない。

 彼からこぼれ落ちる記号はどれも白く透き通っていた。


 バーテンダーが「おい!」と厨房に向かって声をかけると、やけに落ち着きのない店員がやってきた。


 その顔を見て、センリは「あ」と目を丸くする。


 彼だ。


 あの屋上で、繭の糸に触れた時に見た謎めいた静止画──被害者の首に何かを突き立てていた男だ。


「お前、昨日友達と来てたろ。そいつが事件の被害者になったんだとよ。刑事さんに知ってること話してやってくれや」


「……知らない、です。店で飲んだらそのまま、解散しました、し……」



「嘘ですよね」



 センリは鋭く告げた。


 男の語る言葉はどれも、赤く染まってにごっている。


 バーテンダーが顔をしかめ、店員をにらんだ。

 店員は真っ青な顔をしている。


「おい、どういうことだ!」


「っ知りません! 何も! 俺は何も知らない!」


 赤い文字をまき散らし、店員が血相けっそうを変えて駆け出した。

 センリも慌てて彼を追いかける。


「メリフェザー! 犯人が店から逃げる!」


『了解、待機してるよ~』


 店員を追って非常口を飛び出し、センリは自分の目を疑った。


 店員はを、階段でも駆け上がるように走っていくのだ。


 きり、と目の奥が張り詰める。

 金文字に縁取られた視界で、靴裏から何か射出し、それを踏んで空中を移動しているのが見える。


「無茶苦茶すぎるだろ……っ!」


『任せて!』


 通信機越しにメリフェザーが快活に応じる。

 センリはジャッジを抜いて地上から店員を追って走った。


 上空で広げられた紺青の翼。

 ネオンの光を受け、メリフェザーの姿は夜闇に溶け込んで見えた。


 メリフェザーが店員に向かって迅速に肉薄する。

 だが。


 店員はメリフェザーの接近に気付き、スプレーを噴射した。

 煙が直撃したメリフェザーは弾かれたように店員から離れる。

 通信機越しに咳き込む声が聞こえた。


『げほっごほっ! ぶぇ~~何これ~~!』


「どうした?!」


『ううう~~目から涙が止まんないよぉ』


(催涙スプレーか!)


 センリは素早く視線を走らせた。


 センリの記憶が正しければ、店員の逃げる先には旧市街があるはずだ。


 旧市街といえば、古い建物が人界・異界問わずすし詰め状態で立ち並んでおり、逃げ込まれたら追跡は困難。

 なんとしても、旧市街に逃げ込まれる前に足止めしなければならない。


「奴の足を止める! 体勢を崩したら捕獲を!」


『うう、了解~~! 涙で曇ってもあのサイズなら見える!』


 センリはジャッジを握り直し、銃口を店員に向けた。


 アイアンサイトに重なったホログラムに脅威度裁定結果が表示される。


『────裁定完了。脅威度、低。粘着性捕獲ネット弾の使用、承認』


「は?! ネット弾ってマジかよ……!」


 自動音声の内容にぎょっとしつつ、センリは照準を店員に合わせ続けた。

 薬室が回転し、青く光を放つ。


 店員の速度と彼との距離を見ながら引き金を引いた瞬間、右手から何か抜き取られる感覚とともに青い光が放たれる。


 着弾した途端、青い糸が店員の靴に絡みついた。

 靴裏のギミックが塞がれたためか、店員の右足ががくりと宙を掻き、店員は情けなく悲鳴を上げながら体勢を崩す。


 すぐさまメリフェザーが鉤爪で店員の胴体を鷲掴みにした。

 一度大きく旋回し、センリのもとまで戻ってきたメリフェザーは、催涙スプレーで真っ赤になった目元に笑みを浮かべた。


「やるじゃん、センちゃん!」


「……君もね、メリー」


「あ! メリーって呼んだー!」


 センリも笑って、店員の手首に手錠をかけた。





 テレビのニュースでは、異界対策課の渉外担当からのコメントが流れていた。

 眼鏡をかけたロマンスグレーの紳士が、真剣な表情で言う。


『今回の事件で明らかなように、人界と異界は、まだ互いに多くを知りません。見た目だけで人柄がわからないのは、お互い様のはず。誤解と偏見が様々な軋轢あつれきを生むのは、異界を知らない時から、人界では常識だったはずです。このため、警視庁異界対策課では次のような────』


 テレビを消して、イサナはセンリたちを振り返って微笑んだ。


「お手柄だったな。よくやった、二人とも」


「ありがとうございます」


「いぇーい!」


 センリとメリフェザーそれぞれの返事を聞いて、イサナは目を細める。

 ただ、センリは少し気になってイサナに尋ねた。


「犯人は、凶器については明らかにしていませんよね。鑑識の方で何かわかりましたか?」


 センリとメリフェザーが逮捕した店員は、動機については証言している。


『借金返済のために、高値で売れるという異界産シルクを盗もうとした』


『でもそれがバレた挙句、蜘蛛女に店から叩き出された』


『失敗したのは相方のせいだ。このままじゃ借金返済期限を迎えてしまう』


『だから、蜘蛛女が相方を殺したように見せかけて、店に誰もいなくなった隙に今度こそ異界産シルクを盗もうと計画していた』


 浅はかな犯行だ。

 だがそれ以外については黙して語らない。


 イサナは「そうだな」と執務机にもたれて腕を組んだ。


「分析の結果、被害者を縛っていた糸は異界の寄生植物だと判明した」


「また、異界の植物ですか」


 保育園での園児失踪事件でも異界の人食い花が関わっていた。

 センリが顔をしかめると、イサナは軽く頷く。


「坊やが見た通り、この植物は有機生命体に寄生すると、大量の糸を吐き出して宿主を繭で覆って動けなくする。そして、根から染み出た消化液で宿主の中身を溶かし、種を作る養分に変えるわけだな」


 その過程を想像してしまい、センリは吐き気を覚えた。


「うへぇ、なんですかそのやばい植物……犯人はよく寄生されませんでしたね」


「あの植物を運搬するためには、摂氏三度を維持する保護ケースが必要になる。それだけでなく、寄生対象に人間も当然含まれることから、所持するだけで罰金刑対象となる指定植物だ。ただの店員が入手できる代物ではない」


 しん、と課長室が静かになる。

 センリはごくりと唾を飲み込んだ。


「……前回のミユちゃんみたいに、誰かからもらったんですね」


「黙秘しているがな。間違いないだろう」


 イサナは短く肯定し、溜息をついた。


「店の連中に話を聞いたところ、犯人は借金返済のあかつきにAAダブルエーに入会できると意気込んでいたそうだ。AAに入会さえできれば、人生薔薇色だ、とな」


「入会? 聞いた感じ、宗教じみてますね……」


「聞いたことないけど、どんな組織なの~?」


 センリもメリフェザーもきょとんとしていると、イサナは厳しい表情を浮かべた。


「……AA。正式名称、アビス・アライアンス。異界と人界の融合を目論もくろむ、危険組織だ」


 初めて聞く名称だった。

 それも、異界と人界の融合が目的だなんて。


 緊張が走るセンリたちに対し、イサナは浮かない表情で続けた。


「おそらく『三つの花の女』はアビス・アライアンスの一員だろう。だが、その目的は不明だ。園児失踪事件と今回の白繭死体遺棄事件を一連の事件とみなし、引き続き捜査する」


 センリはそれを聞いて拳を握りしめた。

 父親思いの幼い少女を危険にさらしただけでなく、今回のような殺人事件まで引き起こす危険組織の一員となれば、野放しにはできない。


 女の体に、顔代わりに三つの花を持つ者。

 特徴的な外見に反して、依然としてまったく情報を得られていなかった。


 パン、と両手を打ち合わせる音を聞いて顔を上げる。

 イサナが微笑んで言った。


「とはいえ、今日はここまでだ。二人ともお疲れ様。坊やは妙なものを見て、メリーは催涙スプレーを浴びているわけだから、この後ちゃんとメディカルチェックを受けるように。いいな?」


「はぁい……」


 二人分の返事は、面倒くさそうな響きごと重なっていた。

 課長室を出ると、メリフェザーが目を輝かせてセンリの顔を覗き込む。


「すごいね、センちゃん! やっぱり犯行の瞬間が見えたんだよ!」


「……でも、どうしてそんなものが見えたんだろう。今まで見たことないよ」


「いいじゃん、刑事をやるなら便利な能力だよ~!」


 メリフェザーは跳ねるように前を進み、ふとセンリを振り返った。


「あと、さ。ちょっと見直しちゃった」


「……え?」


「蜘蛛の女の子だよ。彼女の容疑が晴れた時さ、センちゃんは管轄警察の代わりに謝ってくれたじゃん? アタシ、ちょっと嬉しかったんだ」


 メリフェザーは照れくさそうに羽先を揺らして笑った。


「だって、何か事件があるとさ、アタシたち異界人のせいにしちゃう人、多いもん。誤解させる方が悪い、ぐらいな言い方されることもあるし。謝る人、初めて見たな、って」


「メリー……」


「だからー、まあ、ありがとうねーって、思っちゃった! ひゅー! 照れちゃう!」


 けらけらと笑って、メリフェザーは羽ばたきながら走っていく。

 彼女の「早く行こうよー!」と笑う声が遠ざかっていく。


 それでもセンリは踏み出せなかった。


「……『ありがとう』は、僕の方だよ、メリー」


 センリは小さく呟いた。

 頭の中でいくつもの声が蘇る。


『変な目~』


『子供だけ青い目なんて、ご両親ったらもしかして……』


『なんで目の中に文字があるの? 気持ち悪い』


『ああ、鏡崎? いい歳して中二病だよな。何、あのカラコン』



『すごーい! 宝石みたいなブルーの瞳! きれ~!』



 センリは拳を握りしめ、メリフェザーを追って駆け出した。

 事件捜査の後で疲れているはずなのに、その足は不思議と軽かった。



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