7話 新人コンビと白繭死体遺棄事件③
救急隊員が担架で遺体を運んでいく。
邪魔にならないよう、センリとメリフェザーは屋上の端からそれを見送った。
メリフェザーが首を傾げる。
「これって、屋上に住み着いた蜘蛛の
「騒ぎを聞いて移ったのかもしれない。聞き込みで何かわかったらいいけど……」
センリは槍によじ登って男の首にかじりつく巨大蜘蛛を想像してしまい、顔をしかめた。
ふと、メリフェザーの
「メリフェザー、まだ糸が足に……」
「あれれ? どこ?」
よく見えなさそうな彼女に代わり、センリは仕方なくしゃがみ込んだ。
もし糸が手にくっついて離れなくなったらメリフェザーに取ってもらおう。
そう思って、センリは安易に糸に触れた。
その瞬間、目の奥がぐわっと熱くなり、視界が一気に絞り込まれる。
目の前で金色の文字がぐるぐると渦巻き、紺碧に染まっていく。
気が付くと、センリは屋上モニュメントの前に立ち尽くしていた。
目の前には、モニュメントに糸を張り巡らせている被害者。
そしてその背後から、手のひらサイズの何かを被害者の首に突き刺す男。
風になびいた糸と服、痛みに顔を歪めた被害者、鬼の形相で笑いながら被害者の首に謎の物体を突き刺す男────そのどれもが、ぴくりとも動かない。
静止画だ。
時を止めた空間の中に、センリだけが
(なん……なんだ、これ……どうなってるんだ……?)
センリは試しに二人の男に歩み寄り、顔の前で恐る恐る手を振った。
だが反応はない。
彼らに触れて、被害者から男を引き離すこともできない。
干渉できない、静止画の世界。
おそらく────被害者にとって致命的な瞬間を切り取ったシーン。
呆然としている間に再び視界が渦巻き、センリの意識は飲み込まれていった。
◇
はっとして飛び起きると、センリは覆面パトカーの後部座席に横たえられていたようだった。
運転席でメリフェザーが無線に向かって泣いている。
「だってぇ、違うんだよイサナ姉! アタシ、アタシが飛んで運んだ方が早いと思って、それだけでぇ、それだけでセンちゃんが具合悪くなるなんて思わなくてぇ!」
『まったく、いい加減に落ち着け』
スピーカーからイサナの呆れた声が聞こえた。
『坊やが倒れたのは糸に触れた直後なんだろう? それならお前のせいではないはずだ』
「ほんと?!」
『だが、了承なしで飛行に付き合わせるのは、道徳として認められない。次はきちんと了承を取るようにな』
「はぁい……」
しょんぼりと羽をしぼませていたメリフェザーは、呆然としているセンリに気付いて羽を膨らませた。
「え!! 起きてる!! イサナ姉、センちゃん起きた!!」
『ああ、よかったな。では捜査を続行するように』
「はーい!!」
無線を戻し、メリフェザーは安心した顔でセンリを振り返った。
「大丈夫? 糸に触ったら気絶しちゃったんだよ。えっと、十分ぐらいかな」
「そう、だったんだ……」
「もしかして蜘蛛の糸アレルギーだった? ごめんね、気付かなくって」
メリフェザーが申し訳なさそうに眉を下げる。
だがセンリは、彼女にどう説明したものか悩んでいた。
「……糸に触った時、見えたんだ。被害者がモニュメントに糸を張り巡らせて、別の男が被害者の首に何かを突き刺すシーンが……」
「……糸に触っただけで?」
メリフェザーは困惑した様子だが、センリの話を
「つまり、あれは蜘蛛の糸じゃないの?」
「わからない、ただの白昼夢か……幻覚だったかもしれないから」
「でも、もし本当だったらまずいよ」
メリフェザーはもたもたと携帯端末を取り出した。
「さっき管轄警察から連絡が来たの。容疑者を見つけたって言って、蜘蛛の
「……話を聞こう」
メリフェザーが身軽に助手席に移る。
センリは代わりに運転席に腰かけ、エンジンをかけた。
◇
警察の任意同行に応じた容疑者は、異界出身の女性・
髪も肌も服も闇を切り抜いたかのように黒く、複眼だけが赤く輝いている。
布で鼻から下を隠しており、彼女の人相を把握することは困難だった。
管轄警察が簡単に説明してくれる。
「蟲織ヤツカは現場付近で洋裁店を経営しています。糸を生成する種族で、その糸を使ってオーダーメイドの服を仕立てています。昨夜遅く、閉店後の店で被害者と揉める彼女の姿が目撃されています。アリバイはありません」
「被害者については、なんと?」
「異界産繊維について取引を申し出られたが、条件が合わず口論になった末に、店から追い出した、と証言しています。ただ、店と周囲には防犯カメラがなく、裏は取れていません」
「現場となったビルの防犯カメラもだめでした?」
「はい。エントランスと非常階段のカメラは屋上と同じ糸で塞がれていました。取り調べを急ぎます」
「よろしくお願いします。僕たちは、彼女の自宅と店を調べますね」
互いに敬礼を交わし、センリはメリフェザーと一緒に警察署を後にした。
住所のメモを頼りに自宅兼店舗である建物を訪れる。
洋裁店まほろば。それが、蟲織ヤツカの店だ。
容疑者が「追い出した」と証言した通り、ショーウィンドウの一部が破壊されていた。
ずいぶん激しい「口論」だったのだろう。
鑑識の間を縫って店内を進むと、マネキンで展示された服や棚にぎっしりと詰まった多種多様な品が目についた。
鍵付きのキャビネットには「特殊繊維」と札がかけられている。
気になるのは、鍵穴とその周囲が傷だらけになっている点だった。
蝶番も一つ外されており、強引に開けようとした痕跡がある。
「……ただの取引じゃないな。強盗か?」
「えー。それなら警察に『強盗に入られました』って言えばよかったのに」
「……被害届を出したくなかったのかも。あるいは、防犯カメラがないから諦めたのかもしれないな」
センリは店の奥に進み、アンティークな扉を開けて階段を上がった。
店の二階が、蟲織ヤツカが一人で暮らす住居となっている。
どこを見ても整理整頓されており、綺麗な部屋だった。
リビングには家族と思われる同族の写真がいくつも飾られている。
故郷を離れ、一人静かに営む暮らしが広がっていた。
「……家があるなら、わざわざ巣を作る必要はない。でもそれだけじゃ、彼女の容疑は晴れないか……」
「ちゃんとお店を経営してる人が、今更
メリフェザーはそう言いながら部屋をしげしげと見て回った。
センリは台所に向かい、冷蔵庫を開ける。
中身は水と──果実だ。
調味料の類といえば、蜂蜜ぐらいだろうか。
戸棚の中まで確認するが、穀物と果物しか見つからない。
「……彼女は肉食じゃない」
センリは急いで携帯端末を取り出し、警察署に連絡した。
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