6話 新人コンビと白繭死体遺棄事件②
大きな羽音が気になって窓に近付いたが最後、センリの視界は影に
翼が耳元を
その勢いと重さに耐えられずセンリはそのまま押し倒されてしまった。
「ぎゃああああ?!」
「うわー! ごめんよー!」
女性の声を聞いて驚いた。
鳥かと思ったら人間だった。
相手はセンリから飛び
見れば、彼女の足元は猛禽類を思わせる鉤爪を備えた鳥の脚だった。
「えへへ、ごめんごめん。イサナ姉に呼ばれたから、大急ぎで来たよ」
「最初から部屋で待機していたらよかっただろうに」
「だって風が気持ちよかったんだよぉ」
視線を上にやるにつれて、センリの頬は引きつっていく。
鋭い鉤爪を備えた爪先、黄色の鱗に覆われた足。
太腿の半ばまで紺色の羽が続いている。
だが羽の続きはスパッツに包まれた太腿で、首元や胴体だけ見ればアクティブな服装の女性にしか見えない。
すんなりとした首や快活な顔立ち、肩の上で外に跳ねた髪は年頃の女性らしいのに、肩から先の腕は全て紺色の羽の並ぶ大きな翼となっている。
女性の胴体と猛禽類の手足。
伝承の怪物、ハルピュイアを思わせる女性だった。
金色の瞳がきらりと輝いたかと思うと、彼女は肩から伸びる翼をばさりと膨らませてセンリの瞳を覗き込んだ。
人とは違う瞳孔が、きゅうっと小さくなってセンリを見つめる。
「すごーい! 宝石みたいなブルーの瞳! きれ~!」
センリは驚きに目を見開いた。
イサナが穏やかにメリフェザーをたしなめる。
「メリー、初対面の人をあまり困らせるんじゃないよ」
「あ、はーい。ごめんなさい」
照れ笑いをして、鳥の女性はセンリに翼の先端を差し出した。
よく見ると羽に隠れるようにして、鋭い爪を持った三本の指がある。
触れれば引き裂かれそうな爪だったが、そのどれにも可愛らしいネイルデザインが施されており、少しだけ気が抜けた。
恐る恐るその指を握ると、思いのほか強い力で引き起こされた。
イサナが執務机に軽く腰掛けて言う。
「紹介しておこう。彼女は
「りょ、了解しました」
センリは女性──メリフェザーに目をやった。
メリフェザーはすぐさま髪を揺らして振り向き、にこっと笑う。
「メリーでいいよ! よろしくね」
「よ、よろしく────」
「ねえねえ、人界の空はセンちゃんの瞳みたいに青いって本当? 一日で色が変わるって本当?」
「セ、センちゃん?!」
距離の詰め方があまりにも早くて恐れおののいていると、イサナが咳払いして捜査ファイルを開いた。
「メリー。雑談は後にしなさい」
「はぁい、ごめんなさい……」
メリフェザーが姿勢を正したタイミングで、イサナは説明を始めた。
「今回は殺人事件だ。高層ビル屋上にあるモニュメントに吊るされた遺体が発見された」
「屋上に?」
「被害者は男性、推定二十代、身元不明。警官によると『蜘蛛の糸で繭にされている』状態であり、遺体の回収はできていない。管轄警察は周辺で『蜘蛛』について聞き込みを行っているところだ。間違いなく異界関連だろう」
イサナは捜査ファイルを閉じ、センリたちを見やった。
「お前たちは現場に急行し、状況を確認し次第捜査に入ってくれ」
「了解」
センリが短く応じると、メリフェザーが「はーい」と片翼を上げた。
「その糸が切れるか試していーい?」
「是非頼むよ。鑑識がヤキモキしている」
「りょうか~い!」
メリフェザーの本当に刑事なのか怪しいほど緩い雰囲気だった。
(……僕がしっかりしなきゃな)
彼女は異界出身者枠として、捜査能力よりも武力を重視しての採用かもしれない。
捜査の面では、センリが引っ張るぐらいの気持ちで取り掛からなければ。
センリはメリフェザーを連れ、急ぎ現場へと急行した。
◇
現場となったのは、
覆面パトカーから下りたセンリは、拳銃型脅威度裁定制圧システム“ジャッジ”をケースから取り出し、腰のホルダーに差す。
「じゃあ、屋上まで僕はエレベーターで行くから────」
「なんで? こっちの方が早いよ! 行こ!」
メリフェザーはそう言うや否やセンリの肩を鉤爪で鷲掴みにした。
大きく羽ばたく音とともにセンリの足が宙に浮く。
ひゅっ、と一瞬で冷たい怖気が背筋を駆け上がった。
「うわわわわ?!」
「暴れないでよ~! 雛鳥みたいに大人しくして!」
メリフェザーが呑気に告げる間も、ぐんぐん地面が遠くなる。
あっという間にそこら辺のビルよりも高い場所に連れていかれ、センリはメリフェザーの脚にしがみついた。
「死ぬ!! こんなん死ぬ!! 無理!!」
「平気平気~! ほらもう着いたよ~!」
ビルの屋上にいた鑑識がぎょっとした顔をする中、メリフェザーは颯爽と降り立った。
床に放り出されたセンリは息を切らせてメリフェザーを振り返る。
「どうかしてるだろ流石に!!」
「え~? すぐ着いたのに、なんで怒ってるの?」
メリフェザーは屋上のフェンスに留まり、首を傾げた。
(……だめだ、相互理解ができそうにない……やっぱ異界人だな……)
センリはげんなりとしつつ立ち上がり、鑑識に警察手帳を見せた。
「失礼しました、警視庁異界対策課の鏡崎です……」
「メリフェザーで~す!」
メリフェザーも首からさげた手帳を見せてにこにこと笑った。
鑑識の者たちは苦笑しつつ敬礼を返し、現状を説明してくれる。
「いやはや、お手上げですよ。蜘蛛の巣みたいなんですが、うちにある道具じゃ糸が切れなくって。おかげで遺体をこっちに引き寄せることもできやしない」
「普通の紐のように滑らないんですか?」
「ええ、もうべったり張り付いてしまって。試した道具もこの通りですよ」
そう言って鑑識は屋上のモニュメントを親指で示した。
センリもそちらに目をやる。
屋上には、槍を持った戦士のモニュメントがある。
戦士は全身も槍も糸まみれになり、見る影もなかった。
ハサミや刃物といった道具も巣にくっついてしまい、前衛芸術の一部と化している。
戦士の構える三叉槍の穂先。
その先端に、繭に包まれた男の遺体は吊るされていた。
槍の先端は屋上から大きく飛び出しており、遺体を屋上に引き寄せるには距離が足りなかった。
蜘蛛の巣に囚われ、さらしものにされた、哀れな犠牲者。そう見える。
「メリフェザー、この糸は切れそうか?」
「やってみる!」
メリフェザーは軽く応じて舞い上がった。
上空で大きく旋回したかと思うと、凄まじい速度で遺体に向かって滑空する。
猛禽類だという印象は正しかった。
センリの目は確かに捉えたのだ。
鋭利な鉤爪が糸を断ち切り、一瞬落下した遺体を鷲掴みにして再び旋回するのを。
鑑識から歓声が上がる中、メリフェザーは余裕の様子で遺体を屋上に下ろした。
翼を折りたたみ、彼女は得意満面でセンリに向かって胸を張る。
「どうだい、翼迅の鉤爪は!」
「ああ……うん、見事だったよ、メリフェザー。すごいね」
「ふふん、でしょう!」
くふくふと嬉しそうに笑う顔は子供のようだ。
だが、センリはそれを微笑ましく思うことはない。
鑑識が持ち寄せた道具では、遺体を吊るす糸を断ち切ることはできなかった。
それを、メリフェザーは鉤爪一つで呆気なく成し遂げたのだ。
(……恐ろしいな、異界人ってのは……)
寒気を覚えつつ、メリフェザーが糸に鉤爪を引っ掛けて遺体を解放する様を見守った。
細かな鱗に覆われているためか、メリフェザーは糸にまとわりつかれることなく作業を進めていく。
繭状になるほど幾重にも巻かれた糸が引き千切られ、遺体の首から下が
男は、まるで骨と皮膚以外の全てを失ったかのようだった。
センリが恐る恐る男の服をめくると、内臓を失って完全に平らになった腹部が覗いた。
「……臓器を抜かれた? でも、外傷は……」
「この、首の傷だけだね」
メリフェザーが羽の先で示す。
そこには確かに、牙を刺されたように二つの穴が並んでいた。
乾いた血がこびりつき、シャツの襟元は濡れて変色した形跡がある。
「……蜘蛛の捕食だ」
センリは思わず呟いた。
蜘蛛は獲物に毒液と消火液を注入し、どろどろに溶かして吸い出す。
そうして骨と皮だけ残ったのだ。
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