5話 新人コンビと白繭死体遺棄事件①
翌日。
センリは人食い花の分析結果を聞くため、異界対策課のラボを訪れた。
花山ミユに人食い花の種を渡した犯人──“三つの花の女”は、まだ見つかっていない。
特徴的な外見にもかかわらず、目撃情報はゼロだ。
だが、人食い花の正体から犯人の女の情報を得られるかもしれない。
センリは開いたままの扉からそっと中に入った。
ラボは温室を模しているのか、ガラスドームの部屋だ。
壁際のボードとホログラムモニターには論文や記録、何種類ものグラフやリストが表示されており、センリには何がなんだかわからない。
柔らかな灯りの下、多種多様な植物が育成されていた。
その中には昨日園児を誘拐した人食い花の小さいものを育てる鉢もあり、センリもさすがにぞっとする。
(げぇ……なんでこんなものまで)
きり、と目の奥が張り詰める。
金文字に縁取られた視界で確認するが、人食い花は花粉を落とさず、手招きする煙も見えない。
「およよ? お客様でして?」
鈴のような声が聞こえて、センリは驚いて振り返った。
上階に続く階段に、小学校低学年ぐらいの少女が白衣を着て立っていた。
新芽色の肌に、細いツルを三つ編みにした髪。
額からは鹿の角に似た枝がなめらかに伸びている。
人の形に育った草花──植物族の
「す、すみません。植物の分析結果を聞きに来たんですが」
「あら! ではあなたがセンリさんですわね~!」
ぱっと表情を明るくして、少女はころころと転がるように階段を駆け下りてきた。
「イサナ課長から聞いていますわ、どうぞどうぞ! おかけになって!」
少女は満面の笑顔でセンリに椅子をすすめ、自身も階段付きの椅子に腰かけた。
ふんわりとしたワンピースのスカートが椅子に押されて広がる。
「はじめまして、ですわね! わたくし、
「ありがとうございます」
センリは自分には少し低い椅子に座り、手帳を開いた。
「人食い花がなぜ特定の子供を誘拐したか、知りたいんです。他にも花を見た園児はいたのに、なぜミユちゃんだけ誘拐したのか、なぜ母親だと思い込ませることができたのか……」
センリが尋ねると、少女──ロゼマリアは笑顔で頷いた。
「ずばり答えは、花粉と血ですわね!」
「……花粉はともかく、血ですか?」
センリが目をまたたかせると、ロゼマリアは人食い花の鉢を示して言った。
「まず前提として、この花は死肉に咲くのですわ」
センリは思わず人食い花の鉢を二度見した。
この土にも埋まっているのだろうか、死肉が。
「ここではネズミの死体を使っていますの。すると、ネズミの子供が誘われて花に捕食され、花は育ち害獣は駆除でき、一石二鳥でしてよ~」
「……ネズミだけですか? 虫は?」
「捕食対象はネズミだけでしてよ。ネズミの血で育った花ですもの。糧とした血の類似品、血縁者を求めて捕食する性質ですわね。選り好みの激しい、グルメな花ですのよ」
ロゼマリアは微笑んで続けた。
「ですから、そのミユちゃんは種を渡した人物から、水ではなく血を与えて花を育てるよう言われているはずですわ。ミユちゃんもどこか怪我をしていたのではなくて?」
「……確かに、言われてみれば。それで花はミユちゃんを狙ったんですね」
ミユの指には絆創膏があった。
きっと針か何かで小さな傷を作り、血を出していたのだ。
幼い子供がそこまでして父親に母親を会わせてやりたかったのかと思うと、センリの胸は痛む。
「では、母親だと思い込んだのは?」
「花粉に含まれるフェロモンですわね。母性と安心を感じさせる成分を持つのですって。これは成体には通用せず、親とはぐれた子供を的確に誘う。柔らかい肉を効率的に捕食するべく最適化した種ですの」
少し気になって、センリは思わず尋ねた。
「……大人には効かないんですか?」
「ええ。子供だけですわね。感覚器の衰えが命を救う例ですわ~」
なるほど、と納得するとともに、センリは首を傾げた。
「じゃあどうして僕は異界に連れていかれたんですか?」
「そう! わたくしの研究者魂に火をつけたのはまさにその点ですわ!」
かっとロゼマリアが目を見開いた。
角の枝にぽぽぽぽぽっと赤い花が咲く。
「これまでの研究では花粉を放つ子花を辿らせることで親花にまで捕食対象を導いていたとされていたのです。それがまさか転移術式を使用していただなんて!」
「じゅ、術式?」
「あなたの見た煙のようなものですわ! あれは煙ではなく、霊力で描かれたものですの! 要は、魔術を起動させるプログラムコードですわね! 世界的に貴重な目撃情報ですわよ!」
盛り上がるままロゼマリアはぐいっとセンリの方へ身を乗り出した。
「花粉から立ち昇る煙が手招きをしていたのですわよね?! 本来捕食対象にしか見えないサインを見抜いたためにセンリさんが転移させられたとしたら、大大大大発見ですわ~! 術式の手招きとはどんな感じでしたの?! 日本式?! それとも西洋式?! そもそも
「お、落ち着いて、頼むから落ち着いてください! 花が! 花が雪崩のように!」
ごわっさーっと物凄い勢いでロゼマリアの角の花が咲き乱れる。
花と熱量に押し負け、センリは小さく縮こまった。
(課長がラボを紹介した時に笑ってたの、こういうことか~~!)
新人がんばれよー、という笑みかと思っていた。
甘かった。
まさかの事態に困り果てていると、館内放送が流れた。
ピンポンパンポーン。
『鏡崎センリ巡査、鏡崎センリ巡査。仕事だ。至急課長室に来るように』
ピンポンパンポーン。
イサナの声。
天の助けだ。
センリは咳払いをして急いで立ち上がった。
「す、す、すみません、仕事なので! またあの~~、……後日!」
「あら! わたくしったらごめんなさい、つい興奮してしまって」
しゅるしゅる、と花が萎んでいく。
しょんぼりした様子を見ると少し可哀想に思えたが、これ以上ラボに留まって実験対象にされてはたまらない。
センリは「じゃああの、失礼します、また今度……」と頭を下げ、課長室へ走った。
ノックの返事も待たずに扉を開け放つ。
イサナの執務机近くに寄せられたデスクでは、彼女の式神が相変わらずせっせと書類仕事をしていた。
「課長! 知ってたなら教えてくださいよ! おかげで大変だったんですから!」
「はは、案の定だったか」
執務机で書類に目を通していたイサナはからからと笑った。
「だが、面白い話を聞けただろう?」
「……まあ、はい、そうですね。興味深かったです。子供を捕食することに特化した人食い花なんて恐ろしすぎますよ」
「そういう危険物がこの街には数多く流入する。そのせいで事件も絶えないんだ。『三つの花の女』もさっさと確保したいんだがな……」
イサナはそう言って捜査ファイルを手に立ち上がった。
「今日も課長に同行したらいいですか?」
「いや、私は別件がある。今日はお前の同期を呼んでいるんだが……」
「……僕に同期がいたんですか? 初めて知りましたよ」
「人界に慣れるのを優先させていたんだ。……しかし遅いな、どうしたんだ」
イサナは端末を見て眉根を寄せると、突然窓を開けた。
指を口に当て、鋭く音を鳴らす。
(……外出中だったのかな?)
センリはよくわからないまま直立してイサナの言葉を待っていた。
だが窓の外から、やけに大きな羽音が聞こえて固まった。
それも、こちらに近付いているのか、音が段々大きくなっている。
(……え、何? カラス?)
窓を閉めた方がいいのでは。
センリは無警戒に窓に近付き──次の瞬間、バサバサと音を立てて目の前に大きな影が広がった。
巨大な鳥だ。
「ひぇ────」
ぎょっとして仰け反ったのも束の間、その影がこちらに飛びついてきた。
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