4話 新人刑事と園庭児童失踪事件④
イサナのランタンから放たれた火炎を浴びて、人食い花が一気に燃え上がる。
花とは思えない声量の叫び声を聞きながら、センリは急いでミユのもとへ駆けつけた。
ミユは怯えた表情ですっかり小さくなっており、自力では動けそうにない。
燃える人食い花の周辺は近付いただけで火傷しそうなほどの熱気だった。
袖で口元を押さえながらミユに駆け寄り、彼女に絡みついたツタを引きちぎる。
「けほっげほっ、おまわりさん……」
「大丈夫、すぐパパに会えるからね」
センリの言葉にミユがほっとしたのも束の間、彼女はセンリの背後を見て悲鳴を上げた。
肩越しに、棍棒のように太いツタが燃えながら迫るのが見える。
(避け──だめだ間に合わない!)
センリはとっさにミユを深く抱え込み、上着と自分の体で庇った。
だが身構えた衝撃は来ない。
驚いて顔を上げると、あの白と灰の武官たちが立っていた。
彼らがツタを切り捨てたのだ。
呆然とするセンリとミユを見下ろし、武官はただ顔の動きだけで「行け」と促す。
「課長の……ありがとうございます!」
センリは両腕に力を入れてミユを抱き上げ、急いでその場から駆け出した。
燃えるツタと花畑越しに、人食い花と対峙するイサナの姿が見える。
彼女は一切動じた様子なく、ランタンを片手に炎と武官の式神を操っていた。
(……情けない。課長一人でいい案件だから、僕の初仕事に選んだのか)
奥歯を噛み締め、不安がるミユに声をかけながらセンリは森の中まで戻った。
木の裏に隠れて状況を確認する。
イサナのランタンから放たれる炎がさらに勢いを増し、人食い花を火柱が覆った。
だが。
その炎を掻き分けるようにして、人工物めいた銀色の花弁が覗いた。
空まで届くかと思わせるほど巨大化した人食い花が、炎をまといながら迫り寄る。
今や人食い花のツタは一振りで森一つ吹っ飛びそうなほどの凶器と化していた。
イサナがセンリたちのところまで後退し、眉をひそめた。
「……いくら燃やしてもきりがないな。コアを潰さなければジリ貧か」
「コア? 動力源ということですか?」
「こいつの再生能力を支える心臓部だな」
大口を開けて迫る人食い花に向かってイサナがランタンを軽く振る。
ごうっと音を立てて燃え立つ白炎が人食い花に飛びかかった。
だが、燃えた端から花は再生を始めて焦げ跡一つ残らない。
(心臓……花の心臓ってどこだ? コアっていうぐらいなら、花の近くか?)
人食い花を見つめる目の奥が、きり、と張り詰める。
金文字に縁取られた視界の中、ふと人食い花より下──地面にほど近い辺りが金色に輝いて見えた。
太い茎に覆われた内側に何かあるのだ。
(……あの光っているのがコア? でも、確証が……)
ふと気が付くと、腕に抱えていたミユがしゃくり上げながらセンリのスーツの襟を握りしめた。
絆創膏をした細い指が、センリに不安そうにすがりついている。
「おまわりさん、みんな、おはなにたべられちゃうの?」
「…………っ!」
センリは思わず息を呑んだ。
そうだ。守るべき市民、それも幼い子供がいるのだ。
センリが動揺していてはいけない。もう警察官なのだから。
センリはミユを地面に下ろし、なるべく優しく見えるように微笑んだ。
「大丈夫! お巡りさんがあんなやつやっつけちゃうからね! ミユちゃんはお巡りさんの後ろにいるんだよ」
「うん……」
心細そうな顔で後退するミユに背中を向け、センリは銃口を人食い花に向けた。
「課長! コアっぽいもの捕捉しました! なんか金色に光ってます!」
「よし。どの辺りだ」
「地面近くの、太い茎が密集している場所です!」
視界を共有できないことをもどかし思いつつ報告すると、イサナは目をすがめて人食い花を見やった。
「……わかった。我が
「了解!」
センリは震える声を返し、汗ごと銃を握り直した。
人食い花は炎に食らいつきながらこちらに迫ろうとしている。
脅威となるイサナを排除してからミユを捕食したいのだろう。
イサナはそれを炎一つで防ぎきっていたが、防戦一方だ。
だがそれもコアを失うまでの話だ。
センリが的確に撃ち抜きさえすれば、後はきっとイサナがなんとかしてくれる。
コアを無事に撃つことさえ、できれば。
そう思うだけで手が震え始めた。
(……だめだ、疑うな。僕はやれる。必ず撃ち抜く。射撃の成績はいつだって一番だったじゃないか!)
センリは深呼吸を繰り返し、金色の輝きに銃口を向けた。
脅威度は変わらず「高」の表示。薬室がゆっくりと回転し、赤く光を放つ。
その先を、式神の兵士たちが駆けていく。
彼らの疾走は吹き抜ける煙のようだった。一呼吸の間に人食い花まで肉薄し、四人がかりで太い茎を斬り払う。
茎の間から露わになったのは、毒々しく明滅する肉の塊だ。
人食い花が絶叫してツタを振り回すが、霊である武官たちを捉えることはない。
その隙を逃さず、センリは引き金を引いた。
グリップを握る右手から何かが抜き取られる感覚の直後。
鋭い銃声が響き、肩に重く衝撃が伝わった。
赤く禍々しい光が一直線に飛んでいく。
そして。
人食い花のコアに桜の代紋が刻まれたかと思うと、内側から破裂してしまった。
植物であっても痛覚があるのか、人食い花が絶叫して身をよじる。
寒気がするほどの叫び声に怯んでいると、イサナが言った。
「でかしたぞ、坊や! ミユちゃんを抱えて後方に下がれ!」
「は、はい! ミユちゃん、おいで」
「うん……」
涙目で両手を浮かせるミユを急いで抱き上げ、センリはイサナから離れるように走った。
その途端、一気に熱が膨れ上がる。
熱風に突き飛ばされ、センリは思わずイサナを振り返った。
「────鬼灯兵装解放! 我が霊火よ、塵残さず焼き尽くせ!」
高く掲げられたランタンが一際強く光を放つ。
それと同時に視界を白く焼くほどの猛火が人食い花を絡め取った。
凄まじい炎が天まで焦がす。
人食い花の絶叫があっという間に先細りになっていき、焼け焦げた破片が飛び散る。
白い炎の中、黒く痩せ細った人食い花が首と背を折ってくずおれていく。
それを見届けて、ようやくイサナはセンリたちの方を振り返った。
「終了だ。撤収!」
「了解です……」
人食い花が燃え崩れていく。
そうなれば、花畑まで燃え広がるまであっという間だ。
センリはそれに背を向け、イサナとともに来た道を戻った。
森を進むと、提灯を持った女官が待っていた。
彼女はイサナに恭しく一礼し、提灯を軽く振る。
青い炎が視界を覆うほど燃え上がった瞬間、ぐんっと全身が引っ張られる感覚に襲われて視界が暗転した。
────そして。
ミユを抱えたまま、たたらを踏んだセンリは、気付けば園庭に戻っていた。
「おい! いたぞ!」
「一体どこにいたんだ……無事ですか! 怪我は!」
「落ち着け、無事だ」
こちらに駆けてくる制服警官に対し、イサナが鷹揚に答える。
そこへ、警官を押し退ける勢いで男が走り込んできた。
髪を乱し、顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らした男は、ミユを見て叫ぶ。
「ミユ!」
「パパ!」
ミユが小さな手を目一杯伸ばすのを見て、センリは慌てて彼女を下ろした。
駆け寄ってくる娘を全身で抱きしめ、父親が目に新たな涙を浮かべる。
「よかった、無事で本当によかった……!」
「パパ、くるしいよぉ」
父親はもう一度きつくミユを抱きしめると、彼女を腕に抱えて立ち上がり、センリたちに頭を下げた。
「娘を連れ戻してくれて、ありがとうございます! 本当に、感謝してもしきれないです!」
「いいえ、お嬢さんが無事で何よりです」
イサナが穏やかに応じると、父親はほっとした様子で娘を見下ろした。
「何があったんだい? 先生は、ママに会いに行ったのかもしれないって言ってて、パパはもう気が気じゃなかったよ」
「……だって、パパ、いつもママのしゃしんみて、えんえんないてるから……」
ミユは袖をいじってもじもじと答えた。
「だからね、ママがかえってきたら、パパうれしいとおもったの……」
「……そうか、そうだったんだね。ありがとう。心配かけてごめんよ」
「ううん。ミユもごめんなさい」
微笑ましい親子の図にセンリも肩の力を抜いていると、イサナが「失礼」と口を挟んだ。
「ミユちゃん。お花の種は、誰からのプレゼントなのかな? 外部から持ち込まない限り、こんなところで咲くタイプの花ではないからね」
「うん。あのね、おはなのひと」
「……お花屋さんの人? それとも、お花を持った人?」
「ううん、おかおがね、おはなのひと。みっつもおかおがあってね、ぜんぶおはななの」
イサナがセンリに目をやるが、センリは首を横に振ることしかできなかった。
ミユは嘘を言っていない。
何かを隠すためではなく、本心から「三つの花を顔とした人」の話をしている。
制服警官も深刻な顔で言った。
「……お父さん。娘さんに詳しくお話を聞きたいので、署まで来ていただけますか?」
「は、はい、わかりました」
制服警官はイサナに敬礼してから、親子を連れてその場を離れた。
イサナはうんと伸びをしてセンリに目を向ける。
「これで事件は解決だな。おつかれ、新人。園児をさらった人食い花とそのコアを発見し、急所を的確に撃ち抜いた。上出来だな」
「……そう、でしょうか。でも僕は、課長がいなかったらきっと……」
「なんだその態度は。目からビームが出るわけでもない新人があの現場で無双したら、私の立場がないだろう」
イサナはそう言って笑い、車に足を向ける。
センリは慌てて彼女の後を追った。
「そういえば課長、ジャッジって実弾じゃないんですね。薬きょうが出なくて」
「ああ、動力源は使用者の血だからな。だから五発が限界なんだ」
「血?! え、血?! あれ吸血銃なんですか?!」
「使い魔の使役には対価が必要だ。後で貧血予防を教えるから気にするな」
人生で覚えるとは思っていなかった知識におののくセンリを置き去りに、イサナはさっさと車に乗り込んでしまった。
異界対策課本部に戻る車内で、イサナが尋ねる。
「お前は、嘘をついてはいけない誓約でもあるのか?」
「え? いや、そういうのは、特に……」
「ふうん。ではなぜ、人質となった子供を不安にさせるような説得を?」
センリは思わずイサナの横顔を見つめた。
彼女の表情は変わらない。ずっと、最初から。
「……人食い花からミユちゃんが自分で離れるよう促すことが最善だと思いました」
「ただの危険植物であれば、正しい判断だな。だがあの人食い花は、『安心しきって眠る柔らかい肉』を好む種だ。ミユちゃんが不安になったことで肉質の悪化を感知し、攻撃行動に転じた」
それを聞いてセンリは下顎が落ちるのを感じた。
「だ、だから母親だと思い込ませたってことですか? なんで最初に言ってくれないんですか! それを聞いていたら僕だって──」
「おかげで実感しただろう、優等生」
イサナは小さく鼻で笑った。
「異界に関わるというのはこういうことだ。未知のものばかりで、その危険性は計り知れない。私が異界対策課の捜査官に求めるのは、異界を知ること、そして犠牲を最小限にすべく冷静に対処すること、それだけだよ。覚えておきなさい」
「……肝に銘じます」
本当に、ろくでもない場所だ。
こんな街で子育てなんてどうかしていると思わざるを得ない。
センリのそんな考えなどお見通しなのか、イサナは口辺に淡く笑みを浮かべて沈黙した。
ふと、イサナの端末が音を立てた。
ちょうど信号が変わったタイミングだからか、彼女は端末を取り出してセンリに渡した。
「確認してくれ」
「あ、はい。失礼します」
センリは指紋でロック解除された端末の画面を操作し、警察から届いたメールを開いた。
タイトルは「花山ミユの目撃した、犯人の人相書き」とだけ。
添付された人相書きを見て、センリは眉をひそめた。
そこには、本来顔があるはずの部分に、花を三つ咲かせた異形の女がいた。
たくさんの細い花弁に囲まれた中心には、口だけがある。
「……なんだ、これ……」
センリは小さく呟き、鳥肌の立つ腕をさすった。
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