2話 新人刑事と園庭児童失踪事件②



 覆面パトカーの中で、イサナは運転しながら簡単に説明した。


「お前も知っての通り、異界対策課は、通常の警察では対処できない異界絡みの事件を解決するのが仕事だ」


「では、今から行く現場でも……」


「ああ。保育園の園庭内で、園児が一人失踪した。人智を超えた事件だ」


 通報のあった保育園に到着し、センリは少々面食らった。


 敷地はぐるりと高い塀で囲まれ、その上も長く鉄柵が伸びている。出入口には警備員まで立っていた。塀越しにカラフルな可愛らしい建物が見えなければ、一見すると大変な重要施設に見えた。


「……ただの保育園に、ここまで? 厳重すぎやしませんか?」


「子供が集まる場所というだけで狙われるんだ。この街では当たり前のことだよ」


「いやまぁ確かに治安は悪いですけど……」


 呆気に取られるセンリを残し、イサナはさっさと車を降りてトランクの方へ回った。

 センリが慌てて後を追うと、彼女はトランクの中にあったケースを開ける。


 そこには、漆黒の大型拳銃が収められていた。

 がっしりとした銃身で、薬室らしき回転パーツが備わっている。


「拳銃型脅威度自動裁定制圧システム、通称『ジャッジ』だ。研修を受けたことは?」


「ああ、はい、一応……でも使うのは初めてです。テーザー銃しか持たされなくて」


「よろしい。では生体認証を」


 イサナは軽く頷き、早速大型拳銃──ジャッジをセンリに握らせた。

 自動音声が流れるとともにグリップが温かくなり、外装に淡い金色の光が走る。

 黒と金の異様な外装の銃は奇妙なほどセンリの手に馴染んだ。


「これは拳銃の形をした、科学的な魔術機構だ。握って、照準を定め、引き金を引く。それだけで対象の脅威度に合わせた弾が射出される。装弾数は五発だ。よく考えて狙え」


「……なんかこういう銃が出てくるアニメありましたよね?」


「よく知っているな。アニメ好きの異界人リンバスが設計した、画期的な制圧システムだよ」


 センリが恐る恐るアイアンサイトを起こすと、銃口の下からぎょろりと覗く眼球と目が合った。

 ぞっと全身の毛が逆立つ心地になる。


「課長!! こいつ目がありますよ!!」


「……ああ、お前にはそれが見えるのか。些事さじに構うな。裁定用に契約した使い魔に過ぎん」


「些事ですか?! 目玉の使い魔が?!」


 イサナは用済みとばかりに保育園の中へ入っていく。

 センリは自分の手の中にある拳銃を薄気味悪く思いながらも彼女の後を追った。


(……魔術に、使い魔? 警察の隠語か? それとも本当に……?)


 人というのは、理解を超えたものに出会うと往々にして思考が停止してしまうものだ。

 センリもまた脳がこれ以上の思考を拒否していると感じながら、イサナの後に続いて制服警官に敬礼し、ついでに窓に張り付いてこちらを見ている園児たちに手を振り返した。


 誰もいない、静かな園庭だ。

 大きくしっかりとした遊具に砂場、隣のアパートからの視線を遮るように伸びた植木。

 どれも異常はないように見えたが、ここで一人の園児が失踪したのだ。


 イサナは携帯端末を取り出して言った。


「いなくなった園児は、花山はなやまミユちゃん、五歳。五年前の“葦原異界融合事件あしはらいかいゆうごうじけん”で母親を亡くし、現在は父子家庭」


 それを聞いて、センリの胸は痛んだ。


 葦原異界融合事件。

 五年前、東京都葦原市だった地域が全て異界と融合した事件のことだ。

 葦原市は人界と異界のパッチワークと化し──世界で四番目の境界都市「黄泉ヶ原」に名を改めた。


 当時、人界でも異界でも大勢の行方不明者が出た。

 ミユもまた、母親を失ったのだ。それも産まれて間もないうちに。


 イサナは携帯端末を懐に戻して植木を見渡した。


「植木の近くでミユちゃんに何かが起こり、姿を消したことは間違いない。保育士の話では『もうすぐママに会える』と毎日楽しみにしていたそうだ」


「……父親の再婚、ではないですよね」


「そうだな。園児の話では『ミユちゃんはお花を見てた』そうだが……」


 センリの確認をあっさり流し、イサナは植木に歩み寄る。

 

 ミユが見ていたと思われる花はすぐに見つかった。

 植木の洞から小さな花が顔を出していたのだ。

 百合に似た花弁は淡く銀色に輝いている。


「……こんな花、初めて見ました」


「おそらく異界の花だな。専門家に確認するから少し待て」


 イサナは携帯端末で写真を撮り、早速どこかに連絡した。

 手持無沙汰になったセンリは植木の根本にしゃがみ、おそらくミユもしたように小さな花を見つめた。


 見た限り、なんの変哲もない花だ。

 子供を取って食うどころか、指一本入ればいい方だろう。


(……この花のせいで行方不明に? しかし、どうやって)


 皆目見当もつかない。

 とにかく観察を続けていたセンリは、花からこぼれる花粉に気付いた。


 きらきらと輝く、星粒のような銀色の花粉。


 きり、と目の奥が張り詰める感覚とともに、視界が金色の文字で縁取られる。


 人理を超えた視界の中、ノイズ混じりに花粉から立ち昇る煙が見えた。

 センリが見ていることに気付いたのか、煙はやがてゆっくりと空中で人の手を作り、センリを手招きした。


 これだ。

 センリはイサナの方を振り返った。


「課長! 手掛かりが────ぐえぇ?!」


 突如、背後から物凄い力で引っ張られる。

 暗転する視界の中、センリが最後に見たのは焦った表情で駆け寄るイサナの顔だった。



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