”見える”新人刑事は境界都市で正義を貫く──警視庁異界対策課

駒居未鳥

1話 新人刑事と園庭児童失踪事件①



 鏡崎かがみざきセンリの視界は白と赤の文字で溢れている。

 それも、生まれてからずっと、読めもしない記号めいた文字に。


 黒い霧に遮られ日が昇ることのない常夜の街・黄泉ヶ原よみがはらであっても、繁華街はネオンサインが煌々と光を放ち、眩しいほどだった。


 人と人ならざる者が行きかう通りは混雑しており、誰かが喋る度にその人の周囲に白や赤の記号が浮かぶ。

 例えるならば──読めない記号の並ぶ字幕が、人の数だけ表示されている感覚だ。


(……嘘つきに人界も異界リンバスもないんだな)


 東京都、旧・葦原あしはら市が突如異界と融合し、境界都市・黄泉ヶ原に生まれ変わって早五年。

 人間もそうでない者も、案外あっという間に順応した。


 センリはすれ違うドラゴンの翼を手で押しやりながら、とある露店の前で足を止めた。

 堂々と出された看板には異界の文字が書かれている。


 マイクロチップによる自動翻訳により、看板には「格安ショップ」という日本語字幕が添えられた。

 その隣で、トカゲの獣人族らしき店主が、観光客の親子を相手にしていた。


「いかがデスカお父さん! 黄泉ヶ原で異世界転生気分!」


 そう言ってトカゲの店主が親子に見せたのはオレンジ色の鳥の羽だった。


「例えばこちら! フェニックスの尾羽! こちらを持っているだけでアラ不思議、死んでも生き返るって寸法でしてね! お値段なんとイチキュッパ!」


 店主から記号がわんさか飛ぶが、ほとんどが赤だ。


 センリは呆れ果て、警察手帳を手に店主と観光客の間に割り込む。


「警視庁異界対策課です。店主さん、いい加減にしてくださいよ。先月パクられたのに全然反省しないんだから……」


「あ、アハハァ、坊ちゃん、こいつはそのー、えーと」


 店主の言葉で初めて白くなった瞬間だった。

 こんな調子だから、この嘘つき店主は言葉も収支も赤ばかりだ。


「次やったら営業許可証没収するって僕は言いましたよね? 署までご同行お願いします」


「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とすトカゲの店主を睨み、センリは溜息をついた。


(……親子相手に何してんだか。子供が巻き込まれるなんて冗談じゃないぞ)



 黄泉ヶ原で新しい人生を。

 そう謳う広告に目を奪われて「現実で異世界転生できなくても、この街なら」と希望を持って訪れる人間は少なくない。


 が。

 センリは「やめろ」と言う他なかった。

 少なくとも、詐欺を見抜けられないうちは。



 センリはマイクロチップを埋めたばかりの首をさすり、警視庁ジャンパーの襟を直しながら警視庁異界対策課本部に戻った。


「ただいまですー」


 研修を兼ねた初動対応業務も二週間が経過した。

 その間に顔見知りになった兎の獣人族が言う。


「あ、鏡崎巡査。課長がお呼びですので、課長室へお越しください」


「え?! す、すぐ行きます!」


 センリは急いで課長室へ向かった。

 あいにく課長は任務で忙しいとのことで、まだ会ったことがなかったのだ。


 異界と人界が融合した境界都市で治安を維持するべく組織を立ち上げた女傑と噂だが、どんな人物なのだろうか。


 ドキドキしながら扉を叩くと、怜悧な女の声がした。


「入れ」


「失礼します!」


 扉を開けて中に入った瞬間、センリはぎょっとした。


 嘘みたいに冷えた空気が足元を流れていった気がした。

 それとともに、白と灰の古めかしい装束を着た者たちが静かに働いている姿が目に入る。


 髪型、装束、所持品、どれを取ってもこの世のものとは思えない。

 女官風の者と文官風の者が、とにかくせっせと働いているのだった。


(……過労死した雛人形の職場か?)


 そんな感想を抱いた次の瞬間。

 奥の執務机にいた人物が立ち上がる。


 すらりと背の高い女性だった。


 雪のように白い髪を簪で留め、狩衣を現代風に着こなした姿で、彼女は無表情のままセンリを見やった。

 その腰ではランタンが揺れ、左脇に銃を吊り下げている。


(……陰陽師刑事だこれ……)


「鏡崎巡査」


「は! はい!」


 失礼な感想がバレたかとセンリは慌てて姿勢を正し、すぐさま敬礼した。

 課長も敬礼を返して微笑む。


「顔を合わせるのはこれが初めてだったな。課長の鬼灯ほおずきイサナだ。よろしく頼む」


「よろしくお願いします。鏡崎センリ巡査です」


「うん。仕事とこの街には慣れてきたか」


「はい、多少は。まだ面食らうことも多いですが……というかその、あの白っぽい人たちは何ですか?」


 現在進行形で面食らっている事象について尋ねると、課長──イサナは目を丸くした。


「へえ……見えるのか。さすがだな。あれは全部私の式神だよ。事務仕事を任せている」


「……陰陽師の人手不足解決策って斬新ですね……」


「疑問はそれだけか? 意外に図太いな……それにしても」


 イサナはふとセンリに顔を寄せた。

 急に近付いた距離に怯んでいると、イサナの細い指先がセンリの顎を捉える。

 お香か何か、オリエンタルな匂いが漂った。


「……不思議な瞳だ。青い虹彩に、それを縁取る金の環……この環は異界の文字かな。これは生まれつき?」


「ひえ、はい、産まれた時からこうでして……」


「生粋の人界人が? ふうん……君の武器はこの瞳だけ?」


「は──はい」


 センリが応じると、イサナはぱっと手を離して呆れた顔をした。


「目からビームが出るならともかく、そうでないなら早晩死ぬぞ。うちの殉職率は高いんだ。今ならまだ転属願いも間に合うぞ、坊や。どうする?」


 イサナからこぼれる記号はどれも白く透き通っている。

 彼女の言葉に一切の偽り、誇張一つないことの表れだった。

 センリは震える手を背後で握りしめる。


「全て承知の上です」


 センリはまっすぐイサナの瞳を見つめ返して応じた。

 イサナはしばらく無言でセンリを見据えていたが、やがて溜息をついて目を伏せる。


「……若いな。ならば構わん、お前を呼び出したのは────」


 その時、イサナの携帯端末が音を立てた。

 画面を確認した彼女は眉根を寄せる。


「……今日から本格的な捜査に参加してもらおうと思ってな。早速事件だ、同行しろ」


「か、課長とですか?!」


「なんだ、意外か?」


 イサナは不敵に笑い、颯爽と歩き始めてしまった。

 センリも慌てて彼女の後を追う。


 待ち望んでいた境界都市での仕事がいよいよ本格的に始まるのだ。

 そう思うだけで、握りしめた拳に力が入った。



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