第5話 5分の死闘
魔王軍。俺がこの世界に来た理由の根幹に関わる奴だ。マリーがスカーフをグッと縛り、一番強い火の方向に走り始めた。俺もどのような存在なのか確認しておきたいので着いていこうとした。しかしマティアスがそれを止める。
「待て。魔族と戦える程のレベルになっていないイツキを向かわすことはできない。マリーだけで長時間戦い続けるのも無理だろう。私が向かう。」
「……まあマットなら大丈夫だね。頼んだよ。」
「イツキを頼むぞ。」
マティアスは親指を立てると同時に駆動音が加速、一瞬で飛び立って行った。
マリーは明らかに不機嫌だ。細めた目を向けると、雑に俺の手を取る。
「君のコトまだ認めてないけど、任されたからにはやり遂げる。安全な場所に移動するから、ちゃんと着いてきて。」
「は、はい。」
手を引かれ、城と逆の方向へ走って行った。唯一火が上がっていなかった場所。小路を抜けて大通りに出る。入ってきたところと同じ門の方向だ。民衆も自然とそこへ駆けていく。
大きな門。既に扉は開かれていた。だがそれは出口とは呼べなかった。
――真ん中に誰かいる。よく見ると、門番が全員血を流し倒れているのが分かった。
周囲から足音が聞こえなくなる。誰一人歩みを進めようとしないのだ。それ程の威圧感。
鎧を身に纏っていて大きい。180センチは超えているだろう。現場に向かっている騎士だろうか。それにしては1人だけだ。槍に付着した血を払うと、ゆっくりとこちらの方向へ進んでくる。
子どもが1人駆け出していった。一瞬ノイズがかかったように何も考えられなかった。
匂い、いや空気の流れか。明確に分かる何かで情報が伝わってきた。まるで殺意を物質化させた様な重み。
「危ない!!下がって!!」
とっさに声に出た。だがもう遅かったようだ。既にその子も門番と同じようになっていた。
周囲が後退りを始める。俺も冷や汗が止まらない。自分の中の恐怖を押し殺せないまま、まるで死にかけの小鳥のような声でマリーは言った。
「…………バケモノだ。」
かなり近づいたため姿が明確になった。お陰で敵であることが俺にでもよく分かる。なぜなら角が生えているからだ。魔族というやつだろう。笑みを浮かべて俺たちの前で立ち止まった。しかし感情が伴った表情には見えない。まるでハリボテ。
魔族が手を振りあげると、後ろの建物が全て燃えた。掠れているような乾いているような複数の声が耳を劈く。いま半径10mが地獄に変わった。
中からは都市伝説のクネクネのように、大小黒いシルエットが頭を抱えていたり膝をついていたりしている。
火によってできた逆光は影となり、巨大な鎧の正面に悪魔を作りだした。音も出ないのに喉が震える。絶叫系アトラクションに乗ったとか、心霊スポットに行ったとかそんなレベルじゃない本物の恐怖。出口に希望を見出したはずの人々は、そんな光景を見て一目散に逃げ出した。俺達も人の流れに押されるように駆け始める。
ずっと心が落ち着かない。初めて強化魔法を使った時から、少し第六感というのが鋭くなっている。それ俺に告げている。あれを相手にしてはいけない。
人、動物、全て疾走した。先程まで普通の町並みだったそこは阿鼻叫喚の地獄と化した。
そんな光景を目の前にしながら魔族は呑気な口調で語りかけてくる。
「今日は天気がいいわね。この国には晴れた日に焚き火をして太陽に感謝する文化があると聞いたから私もやってみることにしたの。なるべく殺すなとの命令だけれど……こんなに火遊びが楽しいなんて!燃料の種類が多かったらもっと楽しくなるかしら?」
冒険を遊びのように考えていた自分が嘘のように感じるほどに、今の俺はこの世界に対する認識が大きく変化していた。
マリーが唇を噛みながら俺の手を引く。俺の足も自然とそれに合わせる。
……イツキ。
「――!?」
聞き馴染みのある声。この声は――。
「母さん……?」
そよ風が俺の肩に軽く触れる。肩を伝い、1m後ろの手に。掌に熱を感じ掴もうとしたが、口に入れた綿菓子のように、気づいた途端には消えてしまっていた。
「何立ち止まってるんだ柴又!!死ぬよ!!」
改めて周りを見る。騎士は近い人から次々、一人一人楽しむように殺している。本気で走れば、後ろの人達を犠牲に逃げ切れる。
だが、それでいいのだろうか。間違いではないはずだ。なのにどうして心は。
『人を助けたら相手が嬉しい。それを見て私も嬉しい。そして相手が人を助けたくなる。一石無限鳥。』
理論というのもアホらしい理論が頭の中を反響する。全く、なんて迷言だ。
母さんが死ぬ少し前、喧嘩をしていた。確か、学生の頃。殉職した消防官のニュースだった。建物に残った人を全員救ったが、本人は脱出が間に合わなかったらしい。それに対して俺は『良い人ぶってると損をするんだな。』そんなことを言ってしまった。思春期特有の天邪鬼から出たものだが、今考えれば不謹慎で、聞いた側は気分の悪くなる一言だろう。
母さんは言った。
「助けた人はそんな事思ってない。」
「じゃあ幸せでよかった。損をしたことに気づかないバカで居られるなら俺もそっちのが良い。」
「本当のバカっていうのは、何もしなかったヤツだよ。」
「あほくさ。何が言いたいのさ。」
「空っぽなまま人生を送りそうな息子への教訓。あんた、そのままじゃ生きる理由だけじゃなく死ぬ理由すら無くなるよ。」
まだ母さんの言っていたことの真意は分からない。ただ俺は今、彼女が人生で積み上げてきた厚い価値観の1ページ目を捲った気がする。
次の瞬間には後ろに向かって走り始めていた。
なんだよこれ、結局俺も母さんと同じじゃないか。なんでこんな時に身体が動いちまうんだ。いつも何もしない癖して。
マリーはそんな俺の肩を強く掴む。顔は青を通り越して白く染まっていた。
「マリー……。俺はこの状況で逃げることはできません。手を離してください。」
「バカなの!?君は――。」
騎士が槍を振り上げたかと思うと、マリーが俺を突き飛ばしながら、横に倒れ込む。前後左右にいた何人もの人が真っ2つになる。
小さく電流のような痛みが走った。頬に振れると、指に血が付いた。斬撃が飛んだとでもいうのか?
マリーはスカーフが切断されて首元が見えるようになった。首元を咄嗟に隠すが、すぐに手を下ろした。
「くっ……。」
「……!!」
最初は赤い結束バンドだと思った。いやそんな物が首に巻きついているなんてほぼ有り得ない。スカーフの下にあったのは大きな傷。それも切断された跡だった。まるで小さな赤い蛇が首を絞めているかのように、首の全周にわたって線が浮き出ている。
俺の知り合いで、額の皮膚を縫合した奴がいる。傷跡が浮き出ていてその部分は白い。しかしこの傷はまだ肉の部分が見えているような感じがして痛々しい。切断痕なのだが、火傷痕にも近い。
「これ、あんま見せたくないんだけどな。」
マリーの目が軽く潤む。確かに逃げていれば助けが来る可能性も上がり、生き延びやすくなるとは思う。
「……周りのことなんて気にしないで、自分のことは自分で考えなよ。君の命なんだから。華々しく散るのが正解な訳ない。」
次の瞬間、俺達2人は集団から孤立した。その場に座りこむ俺達を覗くこむように上半身を倒す。
「生きるのを諦めるなんてつまらないわね。もう愛の告白は済んだかしら?」
騎士がマリーの方を向いた。
「醜い傷ね?どうしたのかしら。」
マリーが口を開く。
「……私、君と同じ森で首が切断された状態だったらしい。高度な治療のお陰で命は助かった……でも、魔力が練られなくなってたんだ。」
マリーは一瞬手から青い炎を出したがすぐに弱まってしまった。手が徐々に赤くなっていき蒸気が出始めた。
「この世界の根幹と言っていい魔法を私は使えない。でも魔王を倒しに行くなんて大口は叩ける。計画を練れば確実に難題だって破れるから。でも闇雲に挑むだけじゃ必ず酷い目に遭う。ここで犠牲になった命も、いつかきっと報われる日が来るから、ここは逃げよう……!」
マリーが構わずこちらに語りかける。確実にそこには闘志があった。マリーはいずれ魔王を倒すだろう。そんな気すらさせる。
騎士は一瞬ポカンとしたが、直ぐに笑いに変わる。
「逃げる?ははは!誰の前で言ってんのかしら。」
俺は自然と立ち上がった。不慣れなファイティングポーズをとる。
「……俺、さっき何で立ち止まってしまったか今も分かりません。ただ、1回死んでみて思ったことがあります。今を生きている以上、終わりを予見することは不可能です。なら、自分が思うベストは常に尽くしておきたい。そして何よりこんな奴、ただじゃ帰しておけない!」
「つまり闇雲に加えて身の程知らず。結局生き急いでるだけ。」
「だめですか?」
マリーはポーチを漁って、中身を取り出す。黒いボールペンだ。微かだがこれにも第六感が反応している。何か仕掛けがあるのだろう。
「これを使えば遠くにワープする。私は行くけど……君、もう逃げる気ないでしょ。」
身体中が震え上がる。でも後悔してやるものか。
「あなた、騎士ね。見た目は違うけれど認めてあげる。じゃあ私も敬意を表して名乗らせて貰うわ。我こそは魔王国ムェイデリアの騎士団第4部隊隊長ラキィ・モルオイド・ミリカ!貴殿の命、貰い受ける。」
胸についていたバッジが反射で輝く。黒いプレートに星が3つ。青い枠。
「……さっきの。」
のそのそ立ち上がってマリーが喋る。眉間に指を置き、眼鏡の位置を直す。
「え?」
「さっきの『だめですか?』ってやつ。」
眼鏡が光を反射しているせいでマリーの目が見えない。
目立つ仕草もない。怒っているのだろうか。当然だ。
「ごめんなさい……。」
「何が?私、そういうの大好きだよ。」
右手から勢いよくボールペンを投げつけると、騎士にあたって割れてしまった。
「……!?」
「いやぁ……何を慎重になってたんだか。言われてみればそりゃそうだ。こんなダラダラやってたらいつまで経っても魔王なんか倒せやしない。今だ、今私は変わった。」
マリーは自分の頬を数回強く叩くと、鋭く生きた目をこちらに向けてきた。
なんだ、上機嫌じゃないか。
「黒プレート青枠星3つ。つまり壮烈な噂が絶えない第4部隊の隊長。柴又だけじゃ1秒ももたないでしょ?だから私が手伝ってあげる。マットにも任されたしね!」
マリーが勢いよく親指を立ててこちらに向ける。
本当に死んでも詫びることができないほどの迷惑をかけることになってしまった。
「ごめん……。」
マリーが5本指を立ててこちらに見せつける。
「何謝ってんの。私は感謝してる。あと5分もあればマティアスが来る。死守するよ!!」
「あら、随分強気な時間設定じゃなくて?私は戦いにおいてだけなら魔王とも張るのよ?」
いい、これでよかった。マリーも満足げに折れたボールペンを見る。
俺が自分から、人を助けるために動いた。俺の内面が1つ進化したのだ。
「見たところあなたは転生者のようね?でも全く魔力が洗練されていない……そして、そもそも魔力を感じない雑魚が1匹……あなたの方は一体どうやって戦うつもりなのかしら?」
「そうだね。まあ、それなりの戦い方があるってことさ。」
自信満々な顔。足止めが目的のやつとは思えない。まるで勝ってやるぞと意気込んでいるようではないか。
そしてポーチをガサゴソと漁り始めた。中から出てきたのは、決してこの世界で見るとは思わなかった物。人が人を殺すために作り出した罪。
黒光りする鉄の塊、銃だ。
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