第4話 襲来
いや現代日本にしては派手すぎる。赤縁メガネ、大きなフードが目立つ黄緑のブカブカウィンドブレーカー、中に黒のパーカー、黒のハーフパンツに黒いニーソ、アスリートが履いているのしか見たことがないピンクのシューズ、ミント色のライディング用グローブ、首には黄色のスカーフが巻き付いている。どれだけ物を持ち歩きたいのか前掛けのショルダーバッグを背負っているうえに、尻の方からポーチが垂れている。
――さて、ここまででお気づきだろうか?さらに衝撃的な事実がそこにはある。
「馬鹿な……こんなのに女友達が居るなんて。ありえない……。」
「子どもの前で良かったね、死ぬとこだったよ。」
「すみません……。」
斧を取り出すのが早いですよ。
周囲からパチパチと手を叩く音が聞こえた。子ども達によると、この斧と槍が合体したようなマティアスの武器の名前は「断魔剣メイスハンマー(弓)」というらしい。
まあ、ごちゃごちゃなこいつっぽい名前ではある。
「マットが連れなんて珍しい。初めてじゃない?」
「あぁ、散歩してたらたまたま回収してね。」
「……転生者ね。初めまして。私はマリー。」
人の感情を読むという技能においては自信がある方なのだが、表情から彼女のそれを読み取ることが出来ない。
経験上、こういうタイプとは反りが合わないことが多い。
「えっと……柴又伊月です。まぁ、これから関わることになるかは分からないですけど……。」
表情から感情を読み取ることが出来ないとは言ったが、仕草から漏れ出てくるものは分かる。
さっきから彼女は少しづつ不機嫌になっているのだ。
「……それは魔王を倒しに行くから?」
「え!?お兄ちゃん魔王を倒しに行くの!?」
子ども達が目を輝かせている。この世界でも変なことなのだろうか。
一方、マリーはどこか哀れんでいるような目だ。
「君と同じように夢を追いかけて旅に出る人は何回か見たよ。まあ、この長ーい歴史が教えてくれるようにそれは叶わない事なんだけどね。」
なんつうキツイ性格してんだ。初めて出会った人間とする会話ではない。
あまりに不意すぎて固まっている俺を見かねてか、マティアスが喋り始めた。
「はあ……マリー。お前もその夢が諦められないんだろ。自分がダメだからって他人に対して卑屈になるのはどうなのかな。」
マティアスは周りの子ども達を追い払いながら、話を続ける。
夢、魔王を倒すことを言ってるのだろう。ということはマリーも同じ目標を持っているということか。
彼女の目を見ると、直ぐに視線を逸らされた。
「まぁ、仲良くやんなよ。お互い損はない。マリーも色々教えてあげて。頼りにしてるから。」
「そうだね、私がこの世界について詳しく教えてあげる。じゃないと、すーぐ殺されちゃうからね。」
どこか冷たい笑顔のマリーは手を差し伸べてきた。俺も握手に応える。が、顔が引きつらさせずにはいられない。握る力が異常に強いからだ。ヤバい音までしてきた。
なんだコイツ。このまま引き下がるのは悔しい。強化魔法を全開で使って握り返すと、ギリギリ拮抗した。
「俺、今生きる理由がありません。1回死んだ時、都合がいいとすら思ってしまいました。でも俺死にませんよ。だってこれは巡り合わせですから。ここで生きる意味を見つけ出してやります。」
握り続けると僅かに俺が押すような形になった。
すると即座にマリーが手を振りほどいた。
「いきなり何の話だよ君。気持ち悪い。」
マリーは吐き捨てるように言うと、そのままカフェの屋根によじ登って何処かに言ってしまった。
――その晩、マティアスに連れられて少し町を歩いた。
「今日はすまない。色々ありすぎて困惑してるでしょ。」
確かに、今日は疲れた。落ち着いてほぼ考える暇も無いまま色々進んだ。不思議と辛さは全く感じない。
「親とか友人とか、帰るべき場所とかはどうなんだ?しばらくこっちに居ることになるが。」
「まぁ……。親父とは不仲なもんで。母さんに至っては植物状態でもう何ヶ月も眠っています。お互いを一番に思うような親友もいません。職場に仲いいやつはいたんですけど。どうせあいつ、他に仲がいいやつなんて沢山いるんで。」
「……え、かわいそ。」
「反応軽くないっすか?」
「父さんと仲悪いのは何とかしろよ。一緒に母さん支えなきゃなんだから。」
「……。」
「お節介が過ぎた。イツキなりに色々あるよな。」
こんな話をする相手が居なかったので少し心が軽くなった。
町が綺麗だ。やや涼しい風を火の照明が温める。夜空と町の光の交差に、これが夢なのではないかと未だ思わされる。
風景に見惚れているとマティアスが何か持ってきた。香ばしい匂い。そういえばまだ何も食べてなかった。脳の次は体がそれに気づく。お腹が鳴り止まない。
「ほい、イツキの分。」
「……。」
まるでりんごのような見た目。裏返してみると切れ目が入っていた。いや……ただの切れ目ではなかった。これは口だ。よだれのような液体がポタポタと落ちてくる。
「なんすか……?これ。」
驚きや気持ち悪さ。複雑に感情が絡み合うと俺は無表情になる。
「どう見てもリンゴウガだろ……。もしかして、そっちの世界に居ないのか!?」
「こんなバケモン居るか!」
センチメンタルな気分を吹き飛ばすため、半ば狂乱状態でかぶりつくと、甘酸っぱいタレがかかった鶏肉のようで非常に美味しかった。バカにできない……異世界料理。
ガツガツと食べ進める俺を横に、マティアスが喋りだした。
「マリー、あんな奴じゃないんだ。」
「ふぁい?」
「魔王を倒しに行きたい気持ちが人一倍強いんだか、同じ目的を持ってるやつにはとことん手厳しい。それどころか魔族のことになったらすぐ怒りだすからなぁ。でも普通に接してたら凄く優しいぞ。」
「まあ、誰しもプライドはありますから。マリーのこと気に入ってるんですね。」
マティアスが嬉しそうに指を動かし始める。
「まあね。あいつからは執念に近い何かを感じるんだ。あいつ、やっとの思いで仲間として見つかったやつを『覚悟が足りない』とか言って追い返しちゃうし。」
「それはただ凶暴なだけじゃ……。」
「ああ、それが魔王を倒しに行こうとしてるとか面白いでしょ?」
「はあ……。」
動かす指を止めてやや上を向いた。
「でも面白いだけの奴なら気に入ったりしない。大きな壁にぶち当たっても、鍛錬には時間を惜しまないし、常に戦い方を詮索してて……まあ、そんな姿見たら応援するしかないよな。」
マティアスの甲冑を月明かりが照らす。初対面のときにはわからなかった優しさ。だんだんマティアスというキャラクターが分かっていく。次に気になるのは……。
「……マリーはなんで冒険に行こうと思ってるんですか?」
「あー、まぁ本人から聞いたほうがいいんじゃないの?親交を深める意味でもゆっくり話し合えば良い。」
重苦しい沈黙の時間が始まってしまった。何とか状況を打破しようと頭を回転させる。しかし先に口を開いたのはマティアスだった。
「なぁ。」
「は、はい。」
「イツキが魔王を倒しに行くなら、仲間がいた方が心強いだろ?だからまあ、イツキさえよければ…………いや、何でもない。悪かったな。それじゃまた今度。」
その日は宿屋で一晩を過ごすことになった。
翌日。
宿屋から出ようと、小学生くらいに見える少女の店員にマティアスから貰っていた金を払うと『ゆうべは おたのしみでしたね。』とドヤ顔で言われた。本当にその意味分かってるのか?
朝が気持ちいい。外に出て真っ先に柔らかな日差しとそよ風が俺を包む。この世界に魔王なんて存在するんだろうか。そう思うほど、この町は平和すぎた。――この時までは。
ドゴゴゴゴゴゴ……。
耳を劈く激しい爆発音に、一瞬体が硬直した。周りを見ると、みんななぜだか斜め上を向いて怪訝な顔をしている。
「マット、事件勃発みたい。」
いつの間にか隣に居たマティアスにマリーが駆け寄ってきた。
後ろを振り向くと大きな煙が上がっていた。いや、左と右からもだ。火事だろうか。この街を取り囲むかのように燃えているようだ。
「多分だが……奴らだな。」
「奴ら?」
「魔王軍だ。」
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