第1章 チュートリアル
第1話 神
「おーい?生きてる?いや死んだのか……。」
ガバッ!
思考より先に体が動いた。目の前には人影。
ウルフカットで泣きぼくろがついた男とも女とも言えない人が、しゃがんで顔を覗かせていた。
「おはよう。気分はどうかな?」
ニコッと笑いかけながらその人は言った。ここはどこだ?
周りを見てみるが……どうも違和感がある空間だ。まるで現世とは思えない。雲のようなカーペットの上に木の椅子が2つ置いてあるだけ。周りは抽象絵画のような模様の壁で囲われているものの、天井は無い。雨の降る前みたいな匂いが鼻をくすぐった。
自分の体を確認すると、灰色のパーカー、パジャマ上下セットの下だけ、いつの間にか部屋着になっていた。スマホや財布、キーホルダーなどは持っているため服だけが変わったようだ。
腕は……もちろんある。夢でも見ていたのだろうか。
強い光に目を刺され、仕事に遅れたのではないかと焦る。次の行動が思いつかない。
「落ち着いて、仕事はもう無いよ。」
改めて声がする方向へ目を向ける。その人は立ち上がって言った。何気に心を読まれた気がするが。
「はじめまして、僕は神様です。」
神様?は返答を待っているのか俺をまじまじと見つめてくる。どういう反応をすればいいのか思いつかない。まずはここがどこか確かめなくては。
「えーっと、ここはどこですか?仕事があるのでここから……。」
「だから仕事は無いよ。」
先程の発言をスルーしたからか、少し不機嫌そうに神様(仮)は言った。よく嗅ぐカフェインの匂いがする。コーヒーを淹れ始めたようだ。それにしても仕事が無いとはどういうことだ?もしかして会社のお偉いさんだろうか?クビの宣告をしに来たのかも。
「とりあえずそこ座って?」
促されるまま後ろにあったシンプルな木の椅子へ腰を掛けた。額が今度は冷たくなる。冷や汗のせいだ。緊張を紛らわすために上を向く。この癖は直したはずなのにアブノーマルな状況のせいで復活してきてしまった。
――妙な空だ。雲ひとつない晴天。だからこそよく分かる。太陽がデカすぎる。近い。
本当にこの人は神様で天国にでも来てしまったというのか。
「君はトラックに轢かれたんだよ。無理が祟ったね。」
寝ぼけていたような頭の感覚がだんだん鮮明になってきた。疲れていたせいか、体が上手く動かなくて足を踏み外してしまった。あのときは混乱していたせいで見たものを処理しきれていなかったが……あれはトラックだ。トラックに轢かれたのだ。
「……俺は死んでしまったんですか?」
神様はコーヒーを淹れる手を止めてしっかりと俺の目を見た。優しそうな顔が一転して険しい表情になる。
なんだ?何があったんだよ俺に?
「うん死んだよ。ぶつかった瞬間血がブシャって出てたね……関節でもないところが90度に曲がってた!」
「別に詳細は要らないです。」
神様がやけに楽しそうな顔になった。事前に険しい顔を作ったのは俺を焦らせるためだろう。確実にマトモな性格ではない。無能ながらも社会経験は積んでいるので分かる。仲良くなる前に脱出しなくては。さっさ次の質問をぶつけてみる。
「あんた神様でしょ?生き返らせたりできないの?」
冷静でいたつもりだったものの言葉が荒々しくなっていた。さっきから振り回されっぱなしだからだろう。しかしここはこの神の機嫌を損ねないためにも落ち着いて対応しなくては。
また神様は険しい表情になる。しかも考え込んでいるようだ。まさかあるのか。何か生き返る方法が。
「無理だねー、頭蓋骨粉々だし肉片も……。」
「だから詳細は要らないって。」
フッ……と今度は嘲笑うような顔に変わる。また騙された。
となると、人生のやり残し感に焦りが出てきた。まだ21歳。やりたいことだって沢山あった。今更やりたいことに挑戦しなかった俺が憎たらしい。
そんなことを言っても仕方ない。誰だってこんな若く死ぬなんて思わない。でももっと人生楽しみたかった。やっぱり後悔はしてしまう。
それにしても我ながら変な質問をぶつけたものだ。死んだ人が蘇った事例なんて現代日本であっただろうか。
「随分後悔に塗れた人生だったみたいだね?うーん可哀想だなぁ……じゃあ特別に蘇らせてあげちゃおっかな?」
予想外の言葉に困惑する。後悔して死んだ人なんて沢山居るだろう。私だけ良いのだろうか。
だが妙な感覚だ。すべてがこいつの思惑通りに進んでいるような気がする。美味い話には裏があるという。まずは警戒しろ、俺。そもそもまた冗談なのではないかという疑念もある。
「じゃあ早く生き返らせてください。」
色々警戒はしたものの生き返りたいという思考ばかりが先走り、他に考えていたことが吹っ飛んでしまった。
次には生き返った後の心配が次々に湧いて出てくる。このまま戻ったとき、数ヶ月経ってたりして仕事をクビになったりしないだろうか。後遺症は残ってないだろうか。
いや抑えろ。まずは物事の本質を見抜くんだ。
「でも本当にいいの?」
「本当にいいの……?当たり前ですよ。俺にはやらなければいけないことがたくさんあります。」
「それって仕事?それとも家族の世話?楽しいの?」
「楽しいとかじゃないですから。これは。」
「君、何して生きていきたい?」
聞き覚えがある、つい昨夜されたばかりの質問だ。
――いや違う。最近は聞いていない言葉だ。いつもは「なぜ生きているのか」と聞かれるが、今回は「どう生きたいか」について聞かれている。
「何してって……。」
何も出てこない。大人になった俺はもう考える必要がないと思っていた。
「…………………………。」
数秒の沈黙が続いた。
「はい、これ飲んで。」
コーヒーが出来たようだ。まだ頭がボンヤリしているような感覚があったので一気に飲み込むことにした。
触覚が無くなっている。重みも感じないので紙コップを持っているのかもわからない。まるで念力で持ち上げているような不思議な感覚。これはありがたく頂くことにする。
「!?!?!?!?」
何故か椅子の上にコーヒーがこぼれ落ちている?俺の体を通り抜けたのか?服は濡れていない?体のどこかが熱いような気がする。いやコーヒーを零したという事実に脳が反応しただけだろうか?
「ンンンんふえへあはははははは!!」
顔を両手で覆いながら胸と足がベッタリくっつくほど前かがみになっている。コイツ笑い方が滅茶苦茶に気色悪い。
「これ……!死んだ人に初めてやるとみんな驚くんだよ!!それにしても君は特に……アハハ!!どしたの?目つき悪いけど……まあ元々良くはないんだけどね?」
自分でも驚くほどに右手が固く握り締められていた。拳はもう肩よりも上の位置にある。だが社会人である私はもう片方の手でそれを宥めた。いくらでもバカにすればいいさ、その華奢な腕で俺に勝てるならな。
「まぁ、まずは見てもらった方が早いね。僕ね、君がいた世界とは違う世界の神様なんだ。」
神様が指を鳴らすと、一面自然の世界が広がった。人工的に敷き詰められた木々とは違った本当の美しい自然。空は青よりも青く、その中に混じる小鳥は本当に嬉しそうに鳴いているように見えた。絵本の中でしか聞いたことがない表現だったが、この光景を見るとそう表現したくもなる。俺がいた世界とは彩度がまるで違う。
「……凄い。色々言いたいけど一周回ってそれしか出てこない。」
「そうだろう?本当に美しい。僕の誇りだよ。」
景色が様々に変わる。申し訳程度に整備された道は、逆にファンタジーのような印象を与える。燃えるような灼熱の大地に火山灰が降り注ぐ、そんな大地で力強く生きる人。まるで辛さを感じさせない、むしろこの過酷さを楽しんでいる。花畑のような楽園で生きる優雅な人。お互いが幸せであることに何ら疑問を描いていない。本当の意味での楽園だった。発展した機械の街で生きる聡明そうな人。全員が己の気になる方向へと全力で探求している。
場面は打って変わって、瘴気の町。人々が無いと分かりきった救いを求めて闊歩する。さらに悪魔が巣食う城。中の玉座では角が生えた人間が鎮座している。おおよそ呪いの類にしか感じられない邪悪な気が渦巻いている。
「コイツがこの世界の魔王さ。魔獣や魔人を従える巨悪……。魔王の国ムェイデリアはいくつもの国に敵対されていて戦争だって何回もあった。1度に7国を相手取ったこともあったね。でも魔王軍は負け無しで不滅……。ついでに魔王自身もものすごく強い!数々の冒険者達がボコボコにされてるんだ。」
身振り手振りまるで幾万もの現場を乗り越えた劇団員のように熱く語っている。
そして強い光が視界に差し込んだ。そんな巨悪に立ち向かう無謀のような、はたまた勇敢なのか。しかしそれは希望の光だった。その光に当てられ瘴気は消え失せる。次は魔王か?
だが、そんな夢は弾けるような音と共に消え去ってしまった。終わってしまった。良い夢ほどほんの一瞬で終わってしまう。
「は、もう終わってしまったんですか?」
「もう何時間見たと思ってんのさ……。でも気持ちは分かるよ。君の世界は無駄が多すぎるからね。一人この世界を見て精神崩壊したときは焦ったよ。」
自然と涙がこぼれているのに気づいた。何度拭っても溢れ出してくる。
「君にはこの世界がピッタリだと思うなぁ。ここに来る前、独りで詩的なこと言ってたし。」
ん?
「五感が既に腐りきっているような感覚。車の排ガス、コンクリ、換気扇から出てくる空気。加工されきった匂いと光景には慣れた。だっけ?」
ニヤニヤしながら妙にカッコつけた仕草で言い切る。
最悪だが、顔が熱を帯びていくのが鮮明に分かった。
「へへぇ~?恥ずかしいの?別に変な思考では無いと思うけどなぁ。……え、なになに?今死にたいって考えてる?」
「――っ!?じゃなくて!元の世界はどうなったんですか!」
構わず向こうは話を続ける。
「君ゲームが趣味なんだ。僕もよくやるよ。魔王とかぶっ倒す旅に心躍るよね。それが出来たら正義のヒーローにだってなれちゃうよ。」
魔王、異世界、どれも正直言って夢のような言葉だ。現実味がない。これからが想像できない。それにしてもなぜ私なのだろうか。やっぱり何か裏がある。
そう思うと、トラックの残像がフラッシュバックしてきて離れなくなった。
――なるほど、そうか。
「だからさ、こっちの世界に……。」
「はあ……もういいよ、そもそも拒否権なんてなかったんだ。」
頭が完全に覚めた。ようやく思考もまとまった。
「――どういうことかな?」
神様の声のトーンが少し下がった。
トラックに轢かれたあの時。確かに――。
「アンタが俺を轢くようにトラックを操作したんでしょ?」
「…………」
俺は足を踏み外してトラックに轢かれたらしいが、俺が倒れ込んだのは歩道で前向きにだ。車道には入るはずがない。ぶつかった後の視界も鮮明に思い出した。事故の後トラックは直線と平行に停車。側面には血がべっとり付いていた。俺は壁に叩きつけられたのだが、直線の歩道や車道で、前に壁があるなんて状況はあるはずがない。つまり後ろから突き飛ばされることはない、俺は横に吹き飛ばされたのだ。するとトラックの側面が高速で迫ってきたことになる。交差点も高低差もない直線の道路でいきなり横にスライドする……?そんなことは有り得ない。
「さぁ?なんのことだか。まずは落ち着いて……。」
「ふざけんなっ!!トラックは物理法則を無視した動きをしてた。そんな非現実、アンタにしか起こせないでしょ!?」
神様が犯人じゃないと仮定したとしても、変な動きのトラックが俺をペシャンコにする様子を見ておきながら、事故だったように話を進めているのはおかしい。俺の中では確信に変わっていた。神様が俺を殺した。
「――なんだ。気づいちゃったんだ。」
神様。違う、悪魔の顔だ。変わらず笑顔のはずだが、こいつがやらかした可愛げのない所業がそう見せているのだろう。
「は?」
その瞬間、俺の尻と足にかかっていた接地感が無くなった。
「嘘ッ……!?」
「まずは魔王を倒してね。そうすれば元の世界に戻してあげなくもないよ。ずっと見てるから。」
細目になったニヤけ顔。俺はもう忘れることなんてできない。そう確信させるほどおぞましい……。
――
――――
――――――?
瞼を貫通して光が差し込む。カサカサ……と青い音が俺の耳を刺激した。風が葉っぱにぶつかる音だろうか。
「ん、んん……」
目を擦りながらもしっかりと目の前の世界を捉える。そこは――――。
「森……?」
曇りひとつない空と木々がこちらを覗き込んでいた。俺が起き上がるとともに鳥がバサバサと飛び立っていく。またもやぼんやりとした感覚。精神を集中させよう。そうだ俺はあの悪魔に落とされたんだ。とりあえず周りの状況確認をしなければ。
足下には直径5メートルほどの、岩を真っ平らに削って研いたような台座があった。周りを見渡して次の行動を考えようとする。
「はぁ……」
でかいため息が出た。まあ当然か。
ガサガサ……。
「――!?」
草をかき分ける音だ。一体何が?あいつとの会話、周りの状況からおそらくここは異世界。何が出てくるかなんてわからない。熊なんてかわいいものじゃないかも。
うねるように草をかき分ける音を立てながらも確実に近づいてきている。あと10メートル……いや5メートル?草から出てきたのは……。
「おい、持ってるもん全部置いてけ。」
男だった。いや男達だ。緑の薄汚いローブにナイフや桑、鎌などの武器を持っている。ジリジリと展開し俺を囲み始めた。
「な、なんだアンタら……!分かったから近づくな!!」
自分でもびっくりするほど震えた声が出た。命乞いなんてしたこと無かったが本当にこんなセリフが出るものだとは。とりあえず財布を取り出してみる。
「違ぇよ全部出せ。ていうか服脱げ。」
「はぁ!?」
異世界でこちらの通貨が使えるわけもない。ま、まさか俺の身体が目的か。数秒渋ったが、ジリジリ詰めてくる距離に恐怖して言われたままに服を脱ぐ。
――ゴゴゴゴゴゴ。
とんでもない轟音を立てながら何かが近づいてきている。今度は空中からのようだ。もう何が何だか。
ドガアアアアン……!!大きく砂埃を立てながら俺の前に着地した。
「お、ここで合ってたみたいだね。」
砂埃が薄まってきてシルエットが明らかになってくる。眩い光沢、パラパラと砂とぶつかる音がする。降り立ったのは……鉄の塊だった。中世の甲冑かと思いきや、背中に機械の翼、頭を覆うほど大きなウサミミなど似つかわしくないものがくっ付いている。所々カーボンが用いられており、時代感が上手く掴めない。顔は隠れていて見えない。
重厚感を漂わせるそれは陽の光を帯びながら野蛮人と対面する。静まり返った空間に甲冑の背中から電気自動車のような駆動音が響く。そしてこちらへと振り返って言った。
「それじゃあチュートリアルを始めようか。」
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