【死ぬほど頑張る】を極めてしまった 〜社畜は異世界でやり直す〜

汚醜

プロローグ

「君、何の為に生きてるの?」


 考えてみれば、それは小学生の頃からずっと聞かれてきたことだ。

 正直大した理由なんてないが、質問は返さなければならないので、俺は「周りの人を助けるため」と答えていた。しかしこれは、俺の生きる理由ではなく、生きる人間の義務と言った方が正しい。

 実際、人間がいる場所には社会が存在する。群れて協力することが合理的だと本能が理解しているのだ。


「チッ、偉そうに……!」


 地面に叩きつけようとしたスマホをポケットへ雑に押し込む。分かっている、自分が悪い。

 俺は今日、大事な案件でミスをしてしまった。詳しく話せば長くなるので端的に説明すると、その要因は俺が気の利かない人間であることだ。『余計なお世話』という言葉が存在する様に、『過小なお世話』とでも言うべきだろうか。

 周りからはよくやる気が無いと言われるが、別にそうでは無い。寧ろ人の感情の動きには敏感で、するべき事はすぐ頭に浮かんでくる。

 ただ、動こうとしたとき何故か手足が着いてこないのだ。その後相手が不快になっているのが分かるので余計に辛い。

 つまり協力するのが人間だとは言ったものの、その応酬はほぼ相手からの一方通行である。

 ここで最初の質問が、今日上司から投げかけられたものだという情報を加えよう。自分の性質を鑑みれば、それが皮肉であったことがよく分かる。

 職場では無能に生きる価値なんて無いということを暗に突きつけてきているのだ。

 人は助け合いによって社会を成り立たせている。

 俺が最後に人を助けたのはいつだろうか。俺は人を名乗って良いのだろうか。

 

 仕事が終わり、終電も過ぎてしまった深夜2時、発泡酒を買うためにコンビニで会計を済ます。

 足が重い。街頭で照らされてはいるが、無駄に広い歩道は不気味なほどに暗い。数年前は賑わっていたような気がするが、今は真っ昼間でも夜でも視界の大部分を錆びついたシャッターが視界を覆う。

 五感が既に腐りきっているような感覚。車の排ガス、コンクリ、換気扇から出てくる空気。加工されきった匂いと光景に慣れてしまっている。

 まるでモノクロのような世界だ。何の面白みも無い。趣味といえばゲームとラノベくらいで、生きてるだけ虚無だ。


(本当に死んでやろうかな……)


 雑に押し込んだスマホが零れ落ちそうになったので再び押し込む。

 ポケットに携帯以外の感触を感じた。母親から貰った猫のキーホルダーだ。金属でできていて、首輪に当たる部分には小さなサファイアが入っている。


「一応……ね。」


 携帯を取り出す。かける先は実家だ。月に一度は帰っているが、どうしても心配な人物がいるのだ。


 呼び出し音が止まる。

 

「…………。」

「お前か、何も変わるわけねぇよ。もうかけるな。」


 ――プツッ。


 すぐに切られた。今出た相手は俺の父親だ。俺が週に一度電話をかけていて、それが3ヶ月は続いているので対応も雑になってきている。

 今回でとうとう声すら聞いてくれなくなった。なぜそんなに繰り返しかけているのかというと、家にいる母親を気がかりに感じているからだ。

 現在親父と一緒にいる。母さんはいつも自分が損をする側にいるくせして、いつも笑顔だったのが記憶に新しい。口癖は『人を助けたら相手が嬉しい。それを見て私も嬉しい。これが広まったらみんな人助けをする。一石無限鳥だね!』だった。

 なんとも馬鹿らしい理論だ。感謝なんて大体は上辺だけ。助けた方がそれに満足しても糠喜びだ。ましてや人が急に人助けしたくなるなんてあるはずがない。

 

 ――ただ彼女に起きた悲劇は、そんな生ぬるい話で済む事ではなかった。

 ある日、母さんと買い出しを終えて帰路に着いていた時、まだ中学くらいであろう学生が橋から落ちて川に溺れた。

 俺は直ぐに消防に連絡しようと携帯を取り出した。しかしその隣で、母は川に飛び込んだ。結果として救助は成功する。しかし彼女自身は酸欠になり意識が無くなった。

 その後、集中治療室に運ばれ命は取り留めた。しかし病室に横たわる母の目は覚めない。結果的に植物状態になってしまったのだ。

 無尽蔵に湧いてきたはずの笑顔が、今ではドライフラワーのように冷たい。この人は何を望んで生きて、何に幸せを感じたのだろう。所詮他人の誰かに命を託して、何を求めたのだろう。

 正直、その時は怒りが湧いた。見ず知らずの中坊の為に、家族との時間を投げ捨てるのかと。握った拳を投げやる場所も無くただ椅子に座っていると、先程の学生が入室してきた。そして開口一番。


「死のうとしてただけですから、余計なお世話です。」


 そして、その中坊は無表情のままそっぽを向いて部屋を出ようとした。

 何が起きたか分からなかった。いや、理解したくなかっただけなのかもしれない。ただそこにあった事実は、俺がコイツを許してはならないという事だった。

 扉が閉まったと同時に、俺は机に置いてあったハサミを取って走り出していた。

 中坊に追いつくと、まず足を滅多刺しにした。刃が鈍すぎてまともには刺さらなかったが、そんなの関係ない。その次に手を、舌をと手を振りかぶった時、近くにいた巨漢に取り押さえられた。

 別に殺そうとした訳では無い。死ねなくしようとしたのだ。手足や舌を無くせば何もする事ができない。

 母さんと同じ状態にしてやりたかったのか、はたまたこの中坊を否定したくなったのか。まあ、その試みは失敗した訳だからどうでもいい。

 その後は色々な施設をタライ回しにされたが、勉強は出来たもので一般企業に就職した。その間、誰かが自殺したとかの噂は一切聞かなかった。母さんの犠牲は一体何だったのだろうか。今となってはもう考えないことにした。

 親父はそれに耐えられず酒を毎日浴びるように飲む生活になった。だから実家に帰ってまずやることが空き缶の処理だ。しかし、そんな汚い家の中でも、母さんの部屋はいつ見ても変わらず綺麗に保たれている。俺に親父を責める権利など微塵もあるはずがなかった。

 

 無限に続くような直線は交差点すら存在しない。いつもならこの光景を1時間ほど眺めながら歩くところだが、今日はタクシーを呼んでいる。もう少し先に進めばいるはずだ。

 ……なんだ?体が浮いたような感覚で上手く足が動かない。まるで見えない何かに足を掴まれているようだ。本当に疲れすぎたのかも。

 

「おおっとっと。」


 躓いて前へと体の重心が流れていく。疲れてるとはいえ流石に力を抜きすぎだ。もっと気をつけて歩かないと。


 ――そのときだった。


 ドゴォォン!


 左から籠った轟音が鳴り響いた。次に風景が左から右へと流れる。押された感覚などない。地球の自転が急に止まって吹き飛ばされたのか?視界の右半分が赤く染まっていく。ジェットコースターみたいに体が縦に横にと回転している。いやジェットコースターでもここまでではなかったなぁ。


 ドサッ。ズズズ。

 

 壁に叩きつけられる。今度こそ本当に動けなくなった。鼻から息を吸えない。口呼吸に切り替えたが、コヒュー……と弱々しい空気の出し入れを繰り返すばかりで、肺に空気が入ってる感覚はない。それどころか口から何か赤黒いような液体が出てくる。

 こんな事態は初めてなので気づくのが遅れたがこれは異常だ。何らかの事故に巻き込まれたのだろう。耳鳴りのせいでよく聞こえなかったが、重低音を響かせる大きな塊が遠くで静止している。側面に赤くロゴのように血が付着しているのが見えた。

 それに気づいた途端、全身が危険信号を発した。激痛という表現すら生ぬるい痛みが駆け抜けていく。だが、不思議とそれが一切気にならない。今の俺にとって重要事項ではないと脳は判断したのだろう。額は熱くなっていくのに腹の辺りは妙に冷えている。流石に危機感を覚えた俺は、救急車を呼ぼうとポケットのスマホへと腕を伸ばす。

 

 ――あれ?腕は?


 状況を理解することは出来なかったが、死が近づいているのは明確に感じた。


 まあこの際だ、都合が良い。


 世界が暗く、なっ……て…………。

 

 ……………………………………

 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る