ホワイト
黒乃千冬
ホワイト
「そっちのてんきどう?」
朝スマホの通知音で目を覚ますと、画面には友人の宮田からのメッセージが表示されていた。
そっちの天気って、宮田と俺は同じ町に住み、同じ高校に通うクラスメイトだ。
こんな近くで天気が違うわけもなく、何かのからかいか、単にふざけているのか、ネットで新しいネタでも拾ったのか、そんなことを考えながらベッドの上で身を起こして「そっちと同じだろう」と返した。
するとしばらくして、なぜかすぐではなくしばらくして、俺が起きて歯を磨いて顔を洗って、冷蔵庫を開ける間を挟んだ約20分ほどして、宮田から「そうか」と一言返ってきた。
その一言に20分もかけたのか。
面白いことが思いつかなかったんだろうな。
外は晴れていた。
学校の教室に入ると、浮かない顔をした宮田がいた。
学校でこうして会うのだから、平日の朝に宮田からメッセージが来るのは珍しく、さっきのあれはなんだったのか聞いたが、宮田は浮かない顔のまま何でもないと答えた。
宮田と俺は高校に入って初めてできた友達同士で、二年になってもクラスも同じ、家も近く、よく学校外でも一緒に遊んだ。
俺は漫画が好きで、宮田はゲームが好きだったので、お互いの趣味をやり取りして世界が広がるのも楽しかった。
昼休みになっても、まだ硬い表情の宮田を学食に誘った。
宮田が今日は食べたくないと言った。
高校に入り一緒に過ごして一年以上経つが、こんな宮田は初めてだった。
いつもなら宮田は、チャイムと同時に俺より先に学食に走り出すくらいで、定食のおかずの量をおまけで増やしてくれないかと、冗談交じりに頼んではおばちゃんたちを笑わせるものだから、唐揚げが増えたり、ポテトサラダが増えたりしていた。
俺は学食前に出張してきているパン売り場で、イチゴのジャムパンとチョコパンと紙パックのコーヒー牛乳を2つ買うと教室に戻った。
「これ食えよ、宮ちゃんが食欲ないなんて珍しいし、それこそヒョウでも降らなきゃいいな」
どっちがいいか聞くと宮田は少し考えた後、チョコパンを選んだ。
ヒョウについては何の反応もなかった。
今朝いちばんに天気を気にしていたくせに。
空は相変わらず晴れていて、初夏の近い日差しの強さが眩しかった。
こんな浮かない顔の宮田は初めてで、考えてみれば俺たちは高校生で、悩める年頃ではある。
俺にはまだ経験はないが、宮田には人生について何か考えるきっかけがあったのかもしれない。
「今日はさ、外で食おうぜ」
俺は宮田を誘って芝生が取り囲む、校内中庭のベンチに腰を下ろした。
我ながら気の利いた提案ができた。
それにこの場所はよく女子たちが陣取っている場所でもあり、強くなってきた日差しのせいか今日は空いていたのも運が良かった。
宮田はベンチに座って、膝の上にチョコパンを置いたまま、手をつけないでじっと見ている。
俺はバリバリとビニールの袋を開けて、ジャムパンに大きくかぶりついた。
「遠慮せず食えよ、この前ゲーム借りたお返しだよ」
宮田はまるで息すらしていない人形のように反応がない。
「おい、どうしたんだよ、何かあるなら話してみろよ」
宮田は鼻からすーっと息を出すと、「父さんがさ」と話し始めた。
「この前父さんがさ、帰ってきたんだ、5年ぶりに」
「そういや宮ちゃんちって、ずっと母ちゃんと二人だったな、詳しくは聞いたとないけど、父ちゃん帰ってきたなら良かったじゃん」
「そうかな、小学生の頃にいなくなって、今帰ってきて、ずっと会ってなかったから、父さんには僕は別人みたいだろうな」
宮田の家が母子家庭なのは知っていて、それだけで多少の複雑な事情は想像していたが、多感な時期であり、家と学校がほぼ居場所の俺たちには、家庭の変化は大きな問題だとは感じた。
「父ちゃんも宮ちゃんに会えて嬉しいんじゃないの?」
「そうだろうね」
「聞いていいか分からないけど、5年も父ちゃんどこにいたの?言いたくなかったら別に言わなくてもいいけどさ」
「分からない、どこにいたのかは」
宮田は結局、ありがとうと言って、チョコパンとコーヒー牛乳を俺に返した。
昼休みの終わるチャイムが鳴った。
教室では慌ただしく皆が席に着く。
俺は宮田が心配になった。
自分の席に戻ろうとする宮田に、今朝何かあったのかもう一度聞いた。
ゲームが、と言いかけて宮田は口をつぐんで、自分の席へ向かった。
教師が教室に入り午後の授業が始まった。
宮田はゲームの中の天気を気にしたのだろうか。
ゲームの話をしたくて、単純に他愛もない話からしようとしたメッセージだったのだろうか。
もしかしたら他の悩みを話したくて、どう言おうか悩んで、気にもしてない天気のメッセージを送り、俺の反応を伺ったのだろうか。
しかしさっきはっきりと、宮田はゲームという言葉を口にしていた。
全く分からん。
緊急性がなければこうして学校で話せるわけで。
いつもとあまりに違う。
朝、何があった。
授業中もずっと宮田の様子が気になっていた。
少し遠くの斜め前にいる宮田は、静かにノートを取っている。
下校もいつものように宮田と一緒に帰路につこうとした。
いつもは宮田から誘ってきたり、帰りにファーストフードの店に寄ろうと提案してきたりするのに、今日は話しかけようとする俺を素通りして教室を出ようとした。
「待てよ宮ちゃん、なんか変だよ、何があったんだよ」
俺は少し声を荒げて宮田の腕を掴むと、宮田は無言でそれを振り払って、走って教室から出ていってしまった。
それから土日の間、何度メッセージを送っても宮田から返事はないし、宮田の住むマンションまで行きインターホンを鳴らしても、返答はなかった。
父親が帰ってきて、皆で出掛けているんだろうと思った。
いつまでも同じように一緒じゃいられない、境遇も変化していくものかもしれない。
宮田の気持ちも複雑だろう。
今はそっとしておくべきか。
俺は母に、珍しいわね休みの日にあんたが一人で家に居るなんて、と言われ、父には今日は宮田君と一緒じゃないんだな、と言われた。
他に友達がいないわけじゃない、それでもお互いの家を行き来して遊ぶのは宮田ぐらいだった。
それだけ俺たちは仲が良かったし、いつも一緒にいた。
あれだけ一緒にいて、今は宮田のことが何一つ分からない。
月曜日、教室に入ると宮田はまだ来ていなかった。
朝のホームルームのチャイムが鳴るが、宮田はまだ来ない。
今日は休みなのか、遅刻することもなくはなかったから、後から来るのかもしれない。
「宮田君が亡くなりました」
うわの空で担任の話を聞いていた俺に、その言葉だけが一瞬で刺さり、聞き間違いかと思ったが、担任が宮田についての話を続けた。
「今朝、宮田君が自宅で亡くなっているのが見つかりました。お母さんも亡くなっていて、今事情を警察のほうで調べています。まだ何が起きたのか分かりません。静かにしてください、皆落ち着いて。ニュースになったり、テレビ局の人が皆さんの周りにやってくるかもしれません。質問をされても答える必要はありません。今から学校は休校になります。明日、皆さんのお家の方に向けた説明会を開きます」
急きょ用意したからか、白いコピー用紙に“全学年保護者集会 ○月○日 開始時間 午前10時より”という文字と、校長の名前が記された、ほぼ真っ白な用紙だけを渡されて、生徒は全員帰宅させられた。
まるで悪い夢を見ているみたいで、リュックを背負って席を立っても、足がすくんでふらついて上手く歩けなかった。
まだ信じていない、何かの間違いだと思う。
俺は宮田の死体なんか見てないし、死んだのは別の人間かもしれないし。
そんな感情は拒絶反応でしかないのは分かっていた。
教室に漂う空気が、これは事実だと伝えていた。
家に帰り着いて、明日の保護者集会のプリントを母親に渡すためリュックを開けると、見慣れないノートが一冊入っていた。
自分のノートはいつもブルーがグレーだったので、レモンイエローのノートはすぐに目に留まった。
いや見覚えはあったし、やはりそうだった。
宮田 孝幸と表紙に油性ペンで名前の書かれた黄色いノートを、俺は急いで開いた。
数学の授業に使った形跡の数ページをめくると、宮田の言葉が綴られていた。
〈上手く言えなくてごめん
僕と母さんは父さんから逃げていた、身を隠してた
なんで居場所がバレたか分からない
前に母さんが父さんの暴力で死にかけたから逃げたんだ
少し前に父さんが僕たちの前に現れた
前に住んでいた場所からずっと遠くの、この町の僕の家にやってきた
もうあんなことはしない、やり直そう、家族三人で幸せになろうって
そんな言葉は何回も聞いてるから、信じられないって母さんは言ったけど
もう一回だけ信じてくれって、父さんが土下座して謝るから、やり直すことにしたんだ
今朝、家の電気が止まっていた
ゲームの充電が出来ていなくて、部屋の電気もつかなくて、
冷凍庫のアイスも溶けていた
停電かと思ったんだ、だから聞いたんだ、そっちの電気はどうかって
そっちと同じって返事だったから、同じように停電だと思った
そう思いたかったのかもしれない
ベランダに近づくと隣の部屋から、テレビの音がきこえたから
停電じゃないかもって怖くなったけど
母さんも父さんも家にいなくて聞けなかった
もしかしたら前みたいに、払うはずの電気代も、
父さんがギャンブルに使っていたら、電気が止まるんだ
最初は心を入れ替えて見えたけど、やっぱり同じかもしれない
母さんがお金を渡さないと怖いんだ父さん
読んだらノートは僕の机の中に返しておいて
僕も小学生じゃないんだ、父さんに思い切って言ってみる、
このままじゃダメだって〉
俺はスマホの金曜朝のメッセージをすぐに見返した。
「そっちのでんきどう?」
全て平仮名だったが、はっきりとそう画面に刻まれていた。
俺は寝ぼけまなこで見間違えていた。
「そっちのてんきどう?」と。
あの時ちゃんと電気のことだと分かっていたら、停電にはなってないって伝えられていたら、金曜日にリュックを開けてノートを見つけていたら、何か変わったのだろうか。
家のリビングから聴こえる天気予報は、夜空には星が輝き明日も晴れだそうだ。
俺はソファに座る少し背を丸めた母に、明日の保護者集会のプリントを黙って差し出した。
全てがこの紙みたく、真っ白で何もないように感じた。
ホワイト 黒乃千冬 @ku_ronon
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