第11話:独立宣言の狼煙(のろし)
冷たい電子音が、むつみ村の静寂を切り裂いた。
佐藤の古びたスマートフォンの画面に、赤く点滅する警告メッセージが表示される。
『【重要】生活保護支給停止およびドローン配送ルートの廃止通知。本日12:00をもちまして、本プログラムは終了いたしました』
「……終わったか」
佐藤は呟いた。肺の奥に流れ込む空気は、まだ雪の匂いを孕んで刺すように冷たい。だが、かつて東京のワンルームで感じていた、あの湿り気を帯びた絶望の味はしなかった。
「佐藤さん、どうした、顔色が悪いぜ」
田中の野太い声が響く。彼は自慢の「雪の家(イグルー)」の入り口で、大理石のように硬く叩き締められた雪の壁を撫でていた。
「田中さん、東京都が手を引いたよ。金も、食い物も、もう空からは降ってこない。公式には、俺たちはもう『死んだこと』にされたわけだ」
その場に集まっていた面々に、一瞬の沈黙が走る。
しかし、返ってきたのは悲鳴ではなく、杉本の乾いた笑い声だった。
「計算通りだ。連中はコストに見合わないと判断すれば、即座に切り捨てる。だが、それは同時に、監視という名の首輪が外れたことを意味するんだよ」
杉本がノートパソコンを叩くと、村の中央に据えられた手作りの風車とバイオマス発電機が、キリキリと力強い音を立てて回り始めた。電球が灯り、オレンジ色の光が雪原を柔らかく噛む。
「電気が点いてる。俺たちの、俺たちだけの光だ……」
レンが震える手で、その光を掴もうと空を掻いた。かつて画面の光だけに縋って死を待っていた青年が、今は自分の足で立った大地の温もりを感じている。
「何を怯えることがある。土は、裏切らないよ」
トメが、煤けた鍋の蓋を開けた。立ち昇る湯気と共に、力強い土の香りが鼻腔を突く。
「雪の下で眠らせておいた大根も、秋に干したキノコも、まだたっぷりある。胃袋を温めておけば、知恵は回る。死ぬのを待つ時間なんて、私たちには一分一秒だってないんだから」
佐藤はトメから渡された汁椀を手に取った。
指先から伝わる熱。芹(せり)の青々とした苦味と、味噌の塩気が舌の上で爆発し、凍りついていた細胞一つ一つが歓喜の声を上げる。
生きている。
コンビニの弁当を無機質に咀嚼していた頃には決して味わえなかった、「生命を食らっている」という確かな実感。
佐藤はゆっくりと立ち上がった。
かつて清掃員として、誰からも気づかれずにゴミを片付けていた男の背筋が、今は真っ直ぐに伸びている。彼は支給されたスマホ——今やただの送信機となった機械——を手に取り、録画ボタンを押した。
「東京都の皆さん、聞こえますか」
佐藤の声は、風に乗ってむつみの山々に反響した。
「私たちは、あなたたちの数字から消去されました。今日、私たちは公的に死んだのでしょう。しかし、見てください。この雪の色を。私たちが今食べている、この土の香りを。耳を澄ませば聞こえる、仲間たちの呼吸の音を」
彼はカメラを回し、田中が組み上げた強固な雪の建築を、杉本が火を灯した自作の発電機を、そしてトメが守り抜いた命のスープを映し出した。
「東京で、私たちは『砂利』でした。誰に踏まれても文句を言えず、ただ邪魔な存在として掃き出されるのを待っていた。でも、このむつみの冷たい雪が、私たちを磨いた。私たちはゴミじゃない。意志を持ち、知恵を分かち合い、泥にまみれて生き抜く『宝石』に変わったんだ」
佐藤の目に、熱いものが込み上げる。それは悲しみではなく、煮えたぎるような自尊心だった。
「私たちは、ここで新しく生まれた。誰の許可もいらない。誰の予算も必要ない。私たちはこのむつみで、自分たちの生存権を宣言する。今日からここは、孤独死の待機所ではない。生者が集い、命を謳歌する『むつみ共和国』だ」
その瞬間、世界中のネットワークを通じて、何万、何十万という人々の画面に、雪原の中で煌々と光り輝く老人たちの姿が映し出された。
「さあ、掃除を始めよう」
佐藤はスマホをポケットにねじ込むと、愛用の箒を握り直した。
「次は、俺たちの心にこびりついた、あの惨めな『棄老』の記憶を掃き出す番だ」
吹雪はまだ止まない。
だが、むつみの村に灯った火は、もはや都庁のどんなシステムを持ってしても消し去ることはできなかった。
「いい演説だったぜ、リーダー」
田中が大きな手で佐藤の肩を叩く。その重みは、現実の重みであり、共に生きる仲間の重みだった。
雪解けの春は、まだ先だ。しかし、彼らの胸の中には、すでに目も眩むような鮮やかな緑が芽吹いていた。
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**次に、この「むつみ共和国」の誕生を知った東京の黒木が、どのような卑劣な策で彼らを追い詰めようとするのか、第12話の詳細を描きましょうか?それとも、村の内部で巻き起こる新たな「交易」のドラマに焦点を当てますか?**
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