第6話:東京都の介入

雪原を切り裂くような高周波の駆動音が、むつみ地区の静寂を蹂躙した。  普段の物資配送ドローンとは違う、大型の有人輸送機が、佐藤たちの「城」である廃屋の前に着陸する。巻き上げられた雪が礫のように壁を叩き、杉本が設置したばかりのバイオマス発電用のパイプを揺らした。


 ハッチが開き、防護服のような白いダウンコートに身を包んだ男が降りてくる。  東京都孤独死未然防止プログラム・担当官、黒木だ。彼は手袋をした指で鼻をつまみ、顔をしかめた。


「……ひどい臭いだ。腐敗臭かと思えば、これは、家畜の糞と生ゴミの混ざった臭いですか。不衛生極まりない」


 廃屋の扉が開き、佐藤、田中、杉本、そしてトメが姿を現した。  黒木は手元のタブレットを操作し、眼鏡の奥の冷徹な瞳で彼らを見据える。


「驚きましたよ。佐藤さん、田中さん。生存バイタルが安定しすぎている。本来なら、今頃はマイナス十度の室温で『自然乾燥』が始まっているはずの時期だ。……一体、何をしているんです?」


「見ての通りだ、黒木さん。あんたの支給してくれた『お小遣い』で、快適な冬ごもりを楽しんでるのさ」  田中が、杉本の作った自家製コンロで沸かした湯を、わざとらしく啜りながら言った。


「楽しんでいる? これは福祉ですよ、田中さん。遊びではない。……杉本さん、あなたは元エンジニアの知識を悪用して、支給された機材を改造しましたね。これは東京都の資産に対する器物損壊にあたります。そしてトメさん、許可なく野生植物や公有地の産物を採取するのは窃盗に近い。何より、皆さんがこうして集まり、コミュニティを形成することは、プログラムの根幹である『静かなる終末』を著しく阻害している」


 黒木の言葉には、血が通っていなかった。彼はただ、効率の悪いデータを修正しようとするデバッグ作業のように、淡々と「排除」を宣告した。


「静かなる終末だと? 笑わせるな」  佐藤が一歩前に出た。 「俺たちはゴミじゃない。あんたが新宿のオフィスで叩いている計算機の数字でもない。生きて、腹が減って、こうして仲間とスープを飲めば温かいと感じる、人間なんだよ」


「人間……。ええ、そうですね。かつてはそうだったのでしょう」  黒木は冷笑を浮かべ、タブレットの画面を佐藤に見せた。そこには、むつみ地区に転送された全老人の「残余コスト」と「火葬・埋葬パッケージ料金」の比較グラフが表示されていた。


「ですが、東京という巨大なエンジンを回すには、潤滑油が必要です。あなた方は、すでに磨り減って砂利になった存在だ。砂利がエンジンの中に留まれば、都市は壊れる。だからこうして、雪深い山奥に『選別』した。ここで静かに消えていただければ、特殊清掃費も、事故物件による不動産価値の下落も防げる。……それが、残された現役世代への、あなた方の最後の奉仕ではありませんか?」


「奉仕だと……!」  トメが震える手で、泥のついた大根を黒木の足元に投げつけた。 「あんたの親も、いつかこうして捨てられるんだよ! その時も『奉仕だ』なんて言えるのかい!」


「私の親は、自身の価値を維持したまま、計画的に安楽死を選択する予定ですよ」  黒木は汚れを嫌うように大根を避け、冷たく言い放った。 「感情論は無意味です。生存率が高すぎる以上、都としてはルールの改定を余儀なくされました。……本日より、生活保護費の給付を『完全現物支給』に切り替えます。現金の振り込みは停止。ドローンで運ぶのは、都が指定した低カロリーの補助食品のみ。機材の追加購入は一切認めません」


「なっ……!」  レンがスマホを確認する。画面の残高表示が、無慈悲な『0』に書き換わっていた。


「これで、無駄な投資も、発電機の拡張も不可能です。……あと一ヶ月もすれば、あなた方は嫌でも悟るでしょう。雪の中で大根をかじりながら、自分がいかに無力で、社会に不要な存在であるかを。……それでは、私はこれで。次の視察先は、もう少し『順調に』死が進んでいる地区ですので」


 黒木が輸送機に乗り込もうとしたその時。  杉本が、静かに声をかけた。


「黒木君。君は一つ、大きな計算違いをしている」


 黒木が足を止める。 「何です?」


「我々の生活保護費を止めたところで、我々が築いたこの『熱』は止まらんよ。君たちはドローンで我々を監視しているつもりだろうが、我々もそのドローンの通信網を利用させてもらっている。……君が今、この場所で我々に吐いた暴言、そしてこの非人道的な『棄老計画』の実態。……レン君、どうだ?」


 後ろでスマホを操作していたレンが、初めて不敵な笑みを見せた。 「バッチリですよ。この地区に飛んでるドローンを中継局にして、都内のSNSにライブ配信してやりました。……タイトルは『東京都・孤独死強制移送の実態』。現在、視聴者数三万人を超えて、絶賛拡散中です」


 黒木の顔から、初めて血の気が引いた。 「……貴様、何を……! すぐに停止しろ! これは国家機密……」


「機密? いいえ、これは『おじいちゃんたちのサバイバル日記』ですよ」  佐藤が、黒木の目の前に立ちふさがった。 「黒木さん、あんたが求めているのは『効率的な死』かもしれないが、世の中にはまだ、それを『残酷な悪事』だと感じる人間が残っているらしいぜ。……ほら、ドローンのコメント欄を見てみろよ。『これ、うちのじいちゃんが消えた理由じゃないか?』『萩市にこんな場所があるのか』……火がついたぞ」


 輸送機の周囲で、数台の監視ドローンが不自然な動きを始めた。レンがハッキングして、カメラの向きを黒木に固定したのだ。


「……くっ、無駄なことを。こんなもの、すぐに情報統制で消してやる!」  黒木は逃げるようにハッチを閉め、輸送機は猛烈な雪を巻き上げて飛び去っていった。


 静寂が戻った廃屋。  だが、そこには勝利の歓喜はなかった。給付金が止まったという現実は、あまりにも重い。


「……さて、本当に金がなくなったな」  田中が、空になった財布のようにスマホを放り出した。


「いいさ」  佐藤は、黒木が避けた大根を拾い上げ、雪を払った。 「あいつは『砂利』と言ったが、砂利だって集まれば土台になる。……トメさん、この大根、もっと植えよう。杉本さん、電力網を広げるぞ。……金がなくても、俺たちには、あいつらが計算に入れ忘れた『知恵』と『怒り』がある」


 空では、黒木が去った後も、レンが操る数台のドローンが、彼らの生存を世界に発信し続けていた。  「効率的な死」を求める巨大な都市・東京に対し、雪深いむつみの地から、小さな、しかし消えない反旗が翻った瞬間だった。


「残り65日」。  戦いは、ここからが本番だった。


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