第5話:サバイバルの知恵

「生活保護費っていうのはね、お国から死なない程度に与えられる『執行猶予の餌』なのよ。でも、使いようによっては『自由への切符』に変わるの。わかる?」


 むつみ地区の廃屋。その凍てつく土間に、一本の鋭い声が響いた。  声の主は、今回新たに「星落ち」として転送されてきたトメ(74歳)。山形県の豪雪地帯で半世紀、土と格闘してきた元農家の女性だ。彼女は、東京都から支給された銀色のスマホをまな板代わりにし、雪の下から掘り出したばかりの泥だらけの「何か」を検分していた。


「トメさん、それ、ただの草の根っこじゃないのか?」  佐藤が、寒さで赤くなった鼻を啜りながら尋ねる。


「バカ言っちゃいけないよ、佐藤さん。これは越冬させたアザミの根と、雪下人参のなり損ないだ。雪の下はね、マイナスにはならない。天然の冷蔵庫さ。糖分がぎゅっと凝縮して、東京のスーパーで売ってる水っぽい野菜よりよっぽど力が湧くんだから」


 トメは、慣れた手つきで根っこを削いでいく。土の芳醇な匂いと、植物が持つ生命力の強い香りが、冷え切った廃屋の中に広がった。


「よし、レン! あんたはスマホで『融雪用温水パイプ』と『蓄電池』を注文しな。生活保護費の残高はまだあるだろう?」 「え、あ、はい。でも、そんなの注文してどこに繋ぐんですか?」  若者のレンが、震える指で画面をタップする。


「繋ぐんじゃない、作るんだよ」  部屋の奥から、低い、金属質な声がした。元大手電機メーカーのエンジニア、杉本(70歳)だ。彼は廃屋の裏で見つけてきた古びたドラム缶と、田中が持ってきた車の廃バッテリーを前に、老眼鏡をずらして作業に没頭していた。


「いいか。東京都の連中は、俺たちが金を『食い繋ぐため』だけに使うと思っている。コンビニ弁当やカップ麺をドローンで運ばせ、ゴミを増やして死ぬのを待っている。……だが、バイオマス発電と温室栽培を組み合わせれば、話は別だ」


 杉本が、剥き出しの電線を巧みに繋ぎ合わせる。 「トメさんの言う通り、雪の下には熱がある。そして、俺たちの排泄物や生ゴミからはメタンガスが出る。この廃屋を丸ごと『発電所』に変えてやるんだ。燃料を消費して暖を取るんじゃない。命の循環をエネルギーに変えるんだよ」


「……あいつら、腰を抜かすだろうな」  田中が、杉本に渡すための廃材を鉈で割りながらニヤリと笑った。 「生活保護費で『発電機』を買う奴なんて、想定外のはずだ。あいつらの計算式には『自給自足』なんて項目はねえんだからよ」


 一時間後。  ドローンが雪空を割って飛来した。運んできたのは、レンが注文した特殊な農業用フィルムと、杉本が指定した精密部品だ。


「さあ、佐藤さん。あんたの出番だよ」  トメが佐藤の背中を叩いた。 「清掃員の腕の見せ所だ。この廃屋の煤けきった壁を、フィルムで覆って断熱室を作るんだ。埃ひとつ残さず磨き上げな。光を通さないと、野菜は育たないからね」


「任せてください。汚れを落として、光を通す。……それは、俺が一生やってきたことです」  佐藤は、凍りついた雑巾をバケツの湯(杉本が作った即席の湯沸かし器によるものだ)で絞った。湯気が顔を包み込み、失われていた感情が溶け出していく感覚があった。


 作業は夜まで続いた。  杉本の作ったバイオマス装置から、ポコポコとガスが湧き出す音が聞こえる。それを燃料にした小さなコンロの火が、トメが作った「雪下野菜のスープ」を温めていた。


「……うまい」  レンが、スープを一口飲んで絶句した。 「東京で食べてたコンビニの豚汁とは、全然違う。味が……濃いっていうか、地面の味がする」


「それが生きるってことだよ、坊や」  トメが笑う。 「私たちはね、消費されるだけのゴミじゃない。この雪の中でも、何かを生み出せる『生産者』なんだ」


 佐藤は、自分のスマホを見た。 『残り95日』  数字は減っている。だが、残高欄に並ぶ数字は、もはや「死ぬまでの猶予」ではなく、次の設備投資のための「資本」に見えていた。


「杉本さん。この発電機、もっと大規模にできませんか?」  佐藤が、スープの温もりに目を細めながら言った。 「隣の廃屋も、その先も。転送されてくる仲間はこれからも増える。全員の家を繋いで、この地区を丸ごと……東京都から独立した『電力網』にするんです」


 杉本が老眼鏡を光らせた。 「面白い。マイクログリッド(小規模発電網)か。かつて社内でボツにされた企画を、まさかこんな姥捨て山で実現することになるとはな。……やってやろうじゃないか。技術者の意地だ」


 廃屋の外では、吹雪が相変わらず咆哮を上げている。  だが、家の中に流れる空気は、昨日までのそれとは決定的に違っていた。  焦げた油の匂い、土の香り、そして、何かを作り上げようとする男たちの荒い息遣い。  それらが混ざり合い、濃厚な「生命の芳香」となって、むつみの夜を支配していた。


 彼らはもう、死を待つ老人ではなかった。  絶望を資材に変え、孤独を燃料に変える、開拓者たちだった。


「残り95日」。  そのカウントダウンの音が、少しずつ、力強い鼓動へと変わっていった。


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