第4話 キャッチ&リリース
『釣りは、性欲の延長である』
(中村星湖)
―――――――――――――――――――――――――――――――
「お腹いっぱいですー!」
ビビが両手を広げて、縁側で猫みたいに伸びをした。
囲炉裏であぶった川魚、山菜、味噌も醤油も手作り。民宿「たけだ」の晩ごはんは、どれも素朴だけど丁寧に作られた優しい味だった。普段ポテチとカップ麺で生きているビビでさえ、虜にするほどに。
川のせせらぎが遠くで聞こえる。囲炉裏の火がぱちぱちと音を立て、その明かりの中でビビの瞳が怪しく光った。なんだ?嫌な予感がする。
「ねえ、ヨコゾー。十五年前の“首だけ事件”の概要、ちゃんと理解してます?」
さっきまでヤマメを頬張っていた少女とは思えない、冷たい大人びた声だった。
自信ないな。と、俺は首を振る。
「発見された首は二つ。二人とも、二十代の女性。胴体はいまだに見つかっていません。でも――」
でも……、と、ビビは声を落とした。
「一人だけ、生存者がいます」
俺は箸を止めた。囲炉裏の火がはぜる音だけが響く。彼女の言葉が、炎のゆらめきに吸い込まれていくようだった。
「有名な猟奇的殺人犯って、だいたい死体を持ち去るんですよ」
ビビが淡々と続ける。
「持ち去らない場合は、身元が分からないように顔や指紋を潰したりして、簡単に身元が判明しないようにする。でもこの事件は違う。首だけが残っていました」
「わざと残した? 被害者の身元をはっきりさせたかった?何のために?」
ビビが語る異常な世界に、俺も引き込まれてしまった。頬が熱い。それは囲炉裏の炎のせいだけじゃない。俺もビビも、妙な興奮に包まれていた。
「身元がわかるってことは、そこから犯人に結びつく可能性が高くなります。ヨコゾーは、サスペクト・ゼロって映画、観ました?」
「タイトルだけ知ってる」
「従来の犯罪捜査では、犯行現場の状況とか、被害者の共通点から犯人像を絞るでしょ?でもその映画では、因果関係や関連性がまったく見えない無差別殺人事件を扱うんです。だから“サスペクト・ゼロ”、容疑者ゼロ。この事件の犯人は、タカをくくってるんですよ。被害者がどこの誰か分かっても、自分には絶対に辿り着けないって」
そこまで一気に話すと、ビビはお茶を一口すすってニヤりと笑った。
「おい、被害者がいるんだぞ。楽しそうに語るんじゃない」
思わず口をはさんだ俺に、ビビは小さく笑った。
「ごめんなさい。ただ、この犯人がユニークすぎて、楽しくなっちゃうんですよ。捕まえたくて、うずうずする」
その笑みには、悪意がない。純粋な好奇心。事件を解明したいという熱意に触れるたび、ビビが境界線を越えてあちら側に行ってしまいそうで怖くなる。いや、俺ももろとも、引きずろうとしているのが怖いんだ。
「それに……。このヤマメの塩焼きは串に刺して焼いてあるから、頭があるけど――」
ビビは、囲炉裏の魚を指さした。
「普通、魚を捌くときって、頭はどうします?」
「……落とすな」
「そういうことです」
その瞬間、囲炉裏の火がパチッと音を立てて、思わず身体が跳ねた。
「それって、犯人は身体を……?」
それから先を、言葉にするのに憚られた。ビビは震える俺に畳みかける。
「ヨコゾーって釣りします?」
「は?急に何だよ。釣りは、たまにやるけど」
「キャッチ&リリースってあるじゃないですか。魚を一回釣って、逃がすやつ。あれ、何でやるんですか?」
「まだ小さいから、とかかな」
ビビがひとさし指を俺の目の前に突き立てて、「そう、それ!」と叫んだ。
「生存者は、まだ中学生でした。他は二十代です」
その言葉に、思わず息をのんだ。囲炉裏の火が、また、パチッと小さく弾ける。びくつく俺に、ビビがなおも狂った推理を突き付けた。
「私はこう思うんです。犯人は、もう少し育つのを待ちたかったんじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。