第18話 信仰災害、発生

動画の翌日、

世界は止まらなかった。


むしろ、加速した。


《正義の代弁者が現れた》

《ついに本音を語った》

《でも、あれも洗脳じゃない?》


賛同と疑念が、

同じ速度で拡散される。


「……止まらねぇな」

レンがベッドの上で言う。

「殴られ損だ」


「損とか言うな」

万次郎は椅子に座ったまま答える。

「俺が殴られなかった分、マシだ」


「それが一番ムカつくんだよ」


笑おうとして、

レンは顔を歪めた。


街が、変わり始めていた。


・張り紙

・ステッカー

・落書き


《信じろ》

《目を覚ませ》

《あの人は本物》

《あの人は危険》


同じ壁に、

真逆の言葉。


正しさが、

視覚化されている。


学校では、授業がまともに進まなかった。


教師は言う。


「落ち着きましょう」

「冷静になりましょう」


でも、

誰も“どちらが正しいか”を

考えるのをやめない。


それが、

一番冷静じゃない。


昼休み。


校庭の隅で、

小さな集団が口論していた。


「殴るのは違うだろ!」

「でも怒りは当然だ!」

「信じた側の気持ちも――」


――殴り合い。


止めに入った教師が、

突き飛ばされる。


悲鳴。


スマホが一斉に向く。


《今、学校で》

《暴動?》

《やっぱり危険》


“証拠”が、

量産される。


万次郎は、

それを全部感じ取っていた。


怒り。

恐怖。

正義感。

「自分は正しい」という確信。


それらが、

一つの塊になっている。


「……完全に来てるな」

レンが低く言う。


「来てる」

万次郎は頷いた。

「もう、人の意思じゃねぇ」


放課後。


警察が出た。

救急車も。


大きな事件じゃない。

ニュースになるほどでもない。


でも。


“日常が壊れた”証拠としては、十分だ。


夜。


万次郎は、一人で屋上に立っていた。


街の灯りが、

不規則に瞬いている。


まるで、

信号のない交差点。


「……はぁ」


胸の奥が、

限界を超えている。


吸えば、

止まる。


止められる。


でも、

その代わりに――

自分が戻れなくなる。


それが、

分かっている。


「……それでも、か」


背後で、

扉が軋む。


レンだ。


「来ると思った」

「来るよ」

「止める気か」

「止める」


「……全部?」

「全部」


レンは、少しだけ笑った。


「だよな」

「お前、そういうやつだ」


沈黙。


「なあ」

レンが言う。

「俺、もう一回殴られてもいい」


「ダメ」

即答。


「俺が盾になる」

「ダメ」


「じゃあ」

レンは真剣な顔で言う。

「生きて帰ってこい」


万次郎は、

ゆっくり息を吐いた。


「……約束はできねぇ」


それが、

本音だった。


その夜、

空気が軋んだ。


見えないはずのものが、

見えるほどに。


信仰が、

完全に“災害”として立ち上がる。


誰も止められない。

誰も責任を取らない。


だから。


人柱が、

必要になる。


万次郎は、

目を閉じた。


「……行くか」


次に目を開ける時、

もう“戻る前提”じゃない。

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