第17話 守ろうとした人が、壊れる

最初に壊れたのは、レンだった。


万次郎がそれを知ったのは、

夜、スマホが鳴った時だった。


《来て》

短いメッセージ。

位置情報付き。


「……チッ」


靴を履く。

親父に一言。


「出る」

「レンか」

「うん」

「気をつけろ」

「俺が?」


苦笑して、扉を閉めた。


公園の外れ。

街灯が一つだけ、やけに明るい場所。


レンは、ベンチに座っていた。


「……遅い」

「十分早ぇよ」


近づいて、分かる。


頬が腫れている。

唇が切れている。

制服が、少し汚れている。


「……誰」

「“正しい人たち”」


乾いた声。


「俺さ」

レンは笑おうとして、失敗した。

「お前のこと、庇っただけなんだよ」


――分かってる。


「“本人は何もしてない”って」

「“責めるのおかしいだろ”って」


万次郎の胸が、軋む。


「そしたら」

レンは続ける。

「言われた」


声が、少し震えた。


「“お前もグルだろ”」

「“目を覚ませ”」

「“被害者ぶるな”」


被害者。


「……殴られた?」

「最初は、肩」

「次は、顔」

「正義ってさ」

レンは、息を吐いた。

「殴る時、躊躇しねぇんだな」


万次郎は、何も言えなかった。


「大丈夫だ」

レンは、先に言う。

「折れてない」


でも、

心は折れかけている。


それが分かるから、

余計にきつい。


「……ごめん」

万次郎が言った。


レンが、はっきりと首を振る。


「違う」

「謝るな」

「お前のせいじゃない」


「でも」

「でも、だ」


レンは、万次郎を見る。


「それでも」

「俺は、お前の味方でいる」


その言葉が、

最後の引き金だった。


その瞬間。


空気が、一気に流れ込んだ。


・怒り

・正義感

・恐怖

・「正しいことをした」という確信


それらが、

**“暴力の肯定”**という形で凝縮されている。


――来た。


万次郎は、ゆっくり立ち上がった。


「……レン」

「ん」

「ちょっと、待ってろ」


「おい」

レンが声を上げる。

「何する気だ」


万次郎は、振り返らなかった。


「やっと」

小さく言う。

「俺の番だ」


翌日。


SNSに、一つの動画が上がった。


編集なし。

煽りなし。

BGMもない。


ただ、

万次郎が映っている。


『どうも』

『噂の人です』


コメントが、一瞬で流れる。


《出てきた》

《言い訳?》

《被害者面》


万次郎は、画面を真っ直ぐ見た。


『昨日』

『俺の友達が殴られました』


コメントが、止まる。


『理由は』

『俺を庇ったから』


一拍。


『これ』

『正しいですか』


《……》

《正義で殴るのは違う》

《でも怒りも分かる》


分かれる。


『俺は』

『奇跡も救いも売ってません』


『信じてもいい』

『信じなくてもいい』


『でも』

『殴る理由にはならない』


いいねが、

爆発的に増える。


『正しさって』

『誰かを守るためにあるんじゃないですか』


『守ろうとした人を』

『壊してどうするんですか』


沈黙。


その沈黙が、

一番効く。


『俺は』

『全部、引き受けます』


『怒りも』

『失望も』

『矛盾も』


『でも』

『これ以上、人を殴るなら』


万次郎は、

少しだけ笑った。


『俺が、止めます』


動画は、

そこで終わった。


夜。


レンのスマホが鳴り続けている。


「……すげぇな」

「最悪だろ」

「いや」

レンは息を吐く。

「お前、今」


万次郎は、空を見ていた。


「神様やってる」

「……向いてねぇのに」


「だから」

万次郎は静かに言った。

「終わらせる」


守ろうとした人が、

壊れる世界なら。


その世界ごと、

俺が背負う。


人柱は、

そのためにいる。


軽口は、もう出ない。


でも、

目は、迷っていなかった。

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