第15話 救いは税込いくらですか?

最初に届いたのは、段ボールだった。


でかい。

無駄に。


「……何これ」

万次郎は玄関で立ち尽くした。


送り主欄には、見覚えのあるロゴ。


《◯◯プロデュース》


「開けなくていいぞ」

親父が即座に言う。

「碌なもんじゃねぇ」


「もう碌じゃないの確定してるからな」


ガムテープを剥がす。


中身は――

Tシャツ。

アクリルキーホルダー。

謎のブレスレット。

そして、冊子。


《あなたを守る“日常の指針”》


「……」

万次郎は無言で冊子をめくる。


・朝は深呼吸

・不安を感じたら手を胸に

・“あの人”を思い出す


「あの人」=俺。


「キッッッッツ」

兄が後ろから覗き込む。

「何このグッズ展開、地下アイドル?」


「アイドルに謝れ」


小雪が目を輝かせる。


「えっ、これ売るの!?」

「売らねぇ」

「でも“公式”って書いてあるよ?」


書いてある。

めちゃくちゃ堂々と。


母が冊子を一枚引き抜いて、首を傾げた。


「“限定生産”“再販未定”……」

「煽り文句が上手ね」


「感心すんな」


スマホが震える。


《予約開始》

《即完売》

《再販希望多数》


「……早」

万次郎は呟く。


レンから通話。


『売れてる』

「知ってる」

『救われてる人もいる』

「知ってる」


それが一番、厄介だ。


「なあ」

レンが言う。

『止める?』


「止めたら」

万次郎は答える。

「“救いを奪った”って言われる」


『止めなかったら?』

「“救いを売った”になる」


『……詰んでんな』

「今さら」


学校でも、状況は地獄だった。


机の上に、

キーホルダー。

ブレスレット。


「これ、持ってると落ち着くんだって」

「アンチは買えないらしいよ」


“買えない”が、

人格評価になっている。


「卍くん」

知らない生徒が言う。

「サイン、もらっていい?」


「無理」

「え、なんで?」

「俺、これ嫌いだから」


空気が、一瞬だけ凍る。


「……でも」

生徒は困った顔。

「これで救われてる人、いるし」


知ってる。


だから、

言い返せない。


昼休み、

例のプロデューサーからメッセージ。


《反響すごいですね!》

《第二弾、行けます》

《“不安対策スターターセット”とか》


スターターセット。


「……人の不安を」

万次郎は天井を見る。

「RPGみたいに言うな」


レンが笑いそうになって、止める。


「笑えねぇな」

「笑わないと、壊れる」


放課後。


町内の一角に、

ポップアップストアができていた。


《期間限定》

《体験できます》


人が、並んでいる。


・祈る

・願う

・写真を撮る


「……マジでやってる」

レンが呆然とする。


万次郎は、列の前に立った。


「はいどうも」

「元ネタでーす」


ざわっ。


「買っても救われません」

「ブレスレットはただの紐です」

「俺、何もしてません」


沈黙。


次の瞬間。


「嘘つき!」

「信じてたのに!」

「救われたのは事実でしょ!」


――怒り。


万次郎の胸に、

一気に流れ込む。


・期待

・依存

・感謝

・裏切られたという感情


「……あー」

万次郎は頭を抱える。

「これだから“形”は嫌なんだ」


吸い切る。


人の流れが、

一気に冷める。


「……あれ?」

「急に、どうでもよくなった」


店員が青ざめる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「返品は――」


「知らん」


人は、散っていく。


次の“救い”を探しに。


夜。


家の居間。


段ボールの山を見て、親父が言った。


「燃やすか」

「廃棄で」

「どっちでもいい」


母が、静かに言う。


「“買えば安心”はね」

「一番分かりやすい信仰よ」


「分かりやすくて」

兄が笑う。

「一番、儲かる」


「笑うな」


小雪が、万次郎の腕を掴む。


「お兄ちゃん」

「ん」

「私、お兄ちゃんのグッズ、要らない」


「……だろ」

「だって」

「お兄ちゃんは、ここにいるもん」


胸の奥が、

少しだけ軽くなる。


その夜。


SNSでは、もう次の話題が流れていた。


《別の人がすごいらしい》

《今度こそ本物》


信仰は、

移動が早い。


万次郎は、布団に倒れた。


「……救いってさ」

「安売りされすぎだろ」


レンのメッセージ。


《次、来るのは?》


万次郎は、短く返す。


《“信じない奴が悪い”フェーズ》


画面を閉じる。


信仰は、

商品になり、

正義になり、

最後は――

排除になる。


次は、

それを描く番だ。

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