第13話 いいねで救われる世界
最初に燃えたのは、動画だった。
《これ、ヤバくない?》
《本物かも》
《守護霊的なやつ?》
《拡散希望》
スマホの画面に、
雑なテロップと揺れる映像。
町内の路地。
光が一瞬、歪む。
誰かが「おお……」と声を漏らす。
万次郎は、布団に寝転がりながらそれを見ていた。
「……はいはい」
コメント欄を流し読みする。
《この人のおかげで助かった》
《感謝しかない》
《奇跡を起こす人がいる》
《叩く人は心が汚れてる》
――来た。
「親父ー」
万次郎は天井を見たまま呼ぶ。
「俺、いつの間に奇跡起こしたことになってる?」
廊下から声。
「知らん!
俺は起こしてねぇ!」
「それはそう」
翌朝。
登校中、ユイがスマホを差し出してきた。
「先輩、これ……」
「あー、見た」
動画は、もう三本に増えていた。
・別アングル
・解説付き
・“検証班”なるアカウント
「信じてる人、多いです」
ユイは不安そうに言う。
「否定すると、めっちゃ叩かれてて……」
「そりゃそうだ」
万次郎は欠伸をする。
「信仰ってのは、否定されると怒る」
「……信仰?」
「自覚ないやつほど、重症」
レンが合流して、画面を覗き込む。
「うわ」
「もう“界隈”できてんな」
《#守られた》
《#あの人は本物》
《#アンチは無視》
タグが、
言葉を固定し始めている。
学校に着く前から、
空気が重い。
「なあ」
レンが言う。
「これ、放っとくとヤバいやつだろ」
「放っといてもヤバい」
万次郎は即答。
「関わってもヤバい」
最悪だ。
昼休み。
スマホ禁止のはずの校内で、
みんな、普通に見ている。
教師も注意しない。
「まあ、危険なことじゃないし」
「むしろ安心感あるよね」
安心感。
その言葉が、
コメント欄と同じ温度で使われている。
「卍くん」
知らない生徒が声をかけてきた。
「これ、本当?」
「どれ」
「動画のやつ」
「知らん」
「でも、映ってるよね?」
映ってる。
それだけで、真実になる。
「否定しないってことは」
生徒は言う。
「やっぱ本当なんだ」
違う。
でも、
否定しない=肯定の世界では、
もう遅い。
放課後。
町内に人が増えていた。
スマホを構え、
同じ場所を撮る。
「ここで光ったんだよね?」
「もう一回起きないかな」
起きるわけがない。
だが、
期待は溜まる。
「……めんどくせ」
万次郎は本音を漏らす。
その瞬間。
スマホが一斉に震えた。
《来た》
《今!》
《光った!》
いいねが、
コメントが、
通知が、
一気に集まる。
期待が、臨界に近づく。
――SNS信仰災害。
形はない。
中心もない。
あるのは、
「見たい」「信じたい」「共有したい」。
万次郎は、頭を掻いた。
「……吸うか」
「え」
レンが目を見開く。
「それ、吸えるタイプか?」
「一番厄介なやつだ」
万次郎は前に出る。
「拡散される」
「どうすんだよ」
「地味にやる」
万次郎は、スマホを取り出した。
動画を撮る。
自撮り。
「はいどうもー」
気怠げな声。
「話題の人でーす」
周囲がざわつく。
「光りません」
「奇跡起きません」
「期待するだけ無駄でーす」
投稿。
即、炎上。
《嘘つき》
《期待裏切るな》
《本物なら証明しろ》
いいねが跳ねる。
万次郎は、ため息をついた。
「ほらな」
「信仰ってのは」
「自分で止まれない」
胸の奥に、
一気に流れ込む。
・期待
・失望
・怒り
・依存
重い。
さっきまでの学校の比じゃない。
「……重っ」
レンが、歯を食いしばる。
「お前……」
「大丈夫」
「嘘ついてない」
正直だ。
だから、
怒りも全部来る。
万次郎は、
目を閉じて、吸い切った。
通知音が、止まる。
スマホが、静かになる。
「……あれ?」
「急に、冷めた?」
人が、散っていく。
次の動画を探しに。
信仰は、
移動が早い。
レンが、深く息を吐いた。
「……救われたのか?」
「一時的に」
「最悪じゃん」
「SNSはな」
万次郎は空を見上げる。
「救いも地獄も、スクロール一つだ」
ポケットの中で、
スマホが震えた。
《フォローされました》
《DMが届いています》
万次郎は、
画面を見ずに電源を切った。
「……次は」
「もっと、バカな形で来るな」
「断言できる?」
「人間、バカだからな」
軽口。
でも、
胸の奥は、
確実に溜まっている。
SNSは、
終わらない。
信仰も、
終わらない。
次は、
誰が、
“救われたがる”のか。
万次郎は、
それを引き受ける覚悟を、
また一段、深くした。
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