第11話 正しさの、その後
事件の翌日、
学校は何事もなかったかのように動いていた。
ロープは撤去され、
立て看板も消え、
腕章はいつもの数に戻っている。
「行き過ぎでした」
「誤解がありました」
「今後は注意します」
便利な言葉だけが残った。
誰も謝らない。
誰も責任を取らない。
でも、誰もが覚えている。
――あの空気を。
万次郎は、いつも通り席についた。
レンも隣。
「静かだな」
「嵐の後ってやつ」
「嵐起こしたのお前だけどな」
「不可抗力」
昼休み、
万次郎は呼び止められた。
生徒会室の前。
昨日まで、正しさの司令室だった場所。
「……入って」
生徒会男子が、
一人で椅子に座っていた。
腕章はない。
名簿もない。
ただの生徒だ。
「座らなくていい」
彼は言った。
「すぐ終わる」
万次郎は、壁にもたれた。
沈黙。
「……僕」
生徒会男子は、ゆっくり言った。
「正しいことをしてると思ってた」
「だろうな」
「守ってるつもりだった」
「安心させてるつもりだった」
万次郎は何も言わない。
否定もしない。
「でも」
彼は視線を落とす。
「昨日、初めて怖くなった」
「何が」
「正しさが」
その言葉は、
彼自身に向けられていた。
「みんなが頷くのが」
「誰も止めないのが」
「……気持ちよかった」
言葉が、震える。
「それが」
「一番、怖いって分かった」
万次郎は、少し考えてから言った。
「高校生なら、普通だ」
「正しさって、そういう快楽ある」
「……じゃあ」
彼は顔を上げる。
「僕は、悪かったのか?」
万次郎は首を振った。
「正しかった」
「でも、使い方間違えた」
「……取り返しは」
「つかない」
即答。
でも。
「一生背負うほどでもない」
万次郎は続けた。
「覚えてりゃ、十分」
生徒会男子は、
しばらく黙ってから、
小さく笑った。
「……君は」
「やっぱり、特別だ」
「それ、褒めてねぇからな」
「知ってる」
少しだけ、空気が軽くなった。
「生徒会」
彼は言った。
「辞める」
「そりゃいい」
「しばらく」
「何も指示しない側にいる」
それが、
彼なりの罰であり、選択だった。
部屋を出る前、
彼は最後に言った。
「ありがとう」
「止めてくれて」
万次郎は、振り返らない。
「礼はいい」
「俺、仕事しただけ」
廊下に出ると、
レンが待っていた。
「終わった?」
「一応な」
「どうだった」
「人間だった」
レンは、それを聞いて笑った。
「なら、上出来だ」
午後の授業。
窓から差し込む光が、少し柔らかい。
正しさは、
まだ学校にある。
でも、
刃は一度、鞘に戻った。
それだけで、
今日は十分だ。
万次郎は欠伸をして、
ノートを開いた。
人柱は、
世界を救った気にはならない。
ただ、
次に壊れないよう、
少しだけ、整えただけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます