第10話 正しさ、暴走中につき
異変は、朝の校内放送から始まった。
『――生徒会よりお知らせです。
本日より、校内の安全確保のため、
一部エリアへの立ち入りを制限します』
ざわつく教室。
「一部エリアってどこ?」
「何かあったの?」
レンが、机に突っ伏したまま言った。
「賭けてもいい」
「何に」
「全部だ」
当たっていた。
廊下に出ると、
ロープ。
立て看板。
腕章の増量。
《関係者以外立ち入り禁止》
《安全第一》
――文化祭かよ。
「……やりすぎだろ」
レンが呆れる。
「いや」
万次郎は欠伸を噛み殺す。
「本人たちは“ちょうどいい”と思ってる」
だから怖い。
校内は、妙に整っていた。
・私語が減る
・廊下は静か
・誰も走らない
教師は満足そうだ。
「最近、落ち着いたな」
「生徒会、よくやってる」
褒められる正しさほど、
ブレーキが壊れる。
二時間目の途中。
万次郎は、それを感じ取った。
空気が、ぴんと張る。
ゴムみたいに。
――来てる。
「レン」
「分かってる」
説明不要。
教室の後ろの方で、
誰かが小さく息を呑んだ。
「……息、苦しくない?」
別の誰か。
「なんか、見られてる感じしない?」
それだ。
視線。
期待。
恐怖。
「正しくあれ」という圧。
それらが混ざり合って、
一つの“形”を取り始めている。
――学校信仰災害。
「……あー」
万次郎は頭を掻いた。
「これ、放っとくとマズいやつだな」
レンが苦笑する。
「今さら?」
昼休み。
生徒会男子が、
廊下の中央に立っていた。
その後ろには、
風紀委員と、なぜか先生。
「皆さん」
彼はよく通る声で言った。
「落ち着いて行動してください」
落ち着いて、
正しく、
従え。
その瞬間。
空気が、形を持った。
誰も見えない。
でも、確かにそこにある。
“正しさの像”。
誰かの不安。
誰かの安心。
誰かの「間違えたくない」。
それらが絡まり、
校舎の中央に、
見えない“神様”が立ち上がる。
「……うわ」
万次郎は素直に言った。
「ダサ」
レンが吹き出しかけて、慌てて口を押さえる。
「お前、もうちょい敬意とか――」
「無理無理」
「神様だぞ」
「校則守れない神とか、二流だろ」
その瞬間、
“像”が、ぴくりと反応した。
――はい、感知。
「卍くん」
生徒会男子が、こちらを向く。
「今は私語を控えてほしい」
「やだ」
即答。
空気が凍る。
「……なぜ?」
「気分」
ざわっ。
正しさが、ざわついた。
「卍くん」
彼は声を低くする。
「今は、みんなのために――」
「その“みんな”に」
万次郎は肩をすくめる。
「俺、含まれてないらしいから」
像が、膨らむ。
圧が、来る。
「……おい」
レンが低く言う。
「吸う気だな?」
「しゃーなし」
万次郎は前に出た。
「暴れられるよりマシ」
両手を広げる。
「はいはい、回収しまーす」
「並ばなくていいでーす」
「整理券も不要でーす」
――吸収開始。
一気に流れ込む。
・従え
・間違えるな
・乱すな
・正しくあれ
「重っ……!」
万次郎は本音を漏らす。
「しかも中身スカスカ!」
像が、悲鳴みたいな軋みを上げる。
「なっ……!」
生徒会男子が後ずさる。
「何をして――」
「掃除」
万次郎は即答。
「校内美化運動だよ」
圧が、消える。
ロープが、ぱさりと落ちる。
立て看板が、ただの板に戻る。
沈黙。
誰も動けない。
万次郎は、制服の襟を直した。
「はい、解散」
「正しさは一旦終了」
「次回利用時は、節度守ってください」
誰も笑わない。
笑えない。
生徒会男子は、
その場に立ち尽くしていた。
「……僕は」
声が震える。
「間違ってたのか?」
万次郎は、少し考えてから言った。
「正しかったよ」
「ただ」
「正しさ、って、必ずしも正しくはねぇんだよ」
レンが横で頷く。
「刃物はさ」
「振るより、しまっとけ」
沈黙が、長く落ちた。
その後。
校内放送で、
立ち入り制限解除が告げられた。
理由は「行き過ぎだったため」。
誰も謝らない。
誰も責められない。
でも。
あの空気は、確実に記憶に残る。
放課後。
校門を出ながら、レンが言った。
「なあ」
「ん」
「さっきの、ちょっと笑ったわ」
「だろ」
「重い話なのに」
「俺が軽いからな」
「……それ」
レンは苦笑する。
「救いでもあり、地獄でもあるよな」
万次郎は空を見上げた。
「人柱だし」
軽口。
でも、
胸の奥は、
今までで一番、重かった。
正しさを、
また一つ、飲み込んだ。
次は、
どこで生まれる?
万次郎は、
それを考えながら歩く。
飄々と。
いつも通りに。
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