第5話 正しさを振り翳す者
最初に違和感を覚えたのは、昼休みだった。
廊下の真ん中で、誰かが説教している。
「だからさ、今はそういう行動、控えた方がいいんだって」
声は大きくない。
怒鳴ってもいない。
むしろ、丁寧だ。
数人が輪になって立っている。
その中心にいるのは――生徒会の男子だった。
成績優秀。
規則遵守。
先生受け抜群。
いわゆる、“正しい”やつ。
「ルールがある以上、守るのは当然でしょ」
「みんなが不安に思ってるんだよ?」
相手の女子は、俯いて何も言わない。
言えない。
周りは止めない。
止められない。
だって、言ってることは正しい。
俺は少し離れた場所で、それを見ていた。
レンも隣にいる。
「……あれか」
レンが小さく言う。
「来たな」
俺も答える。
あの目だ。
“自分は正しいことをしている”と信じ切っている目。
――気持ちいいんだろうな。
誰かを叱る理由があって、
みんなが頷いて、
先生も味方につく。
正しさってのは、
免罪符付きの快楽だ。
女子が小さく頭を下げた。
「……ごめん」
それで終わり。
生徒会の男子は満足そうに頷いた。
「分かってくれてよかった」
――何も、よくない。
レンが一歩踏み出そうとして、止まる。
「行く?」
「……行かない」
止めたら、俺が悪者になる。
止めたら、
「何で?」「正しいこと言ってるだけだけど?」
そう返される。
正論に対抗する言葉を、
俺は持っていない。
午後、クラスに戻ると噂が広がっていた。
「生徒会がちゃんと動いてるらしいよ」
「安心だよね」
「卍くんも協力してるんでしょ?」
……協力。
俺は何もしていない。
ただ、何も言っていないだけだ。
放課後。
校門の前で、例の生徒会の男子が立っていた。
名簿を手にしている。
「ちょっといい?」
声をかけられる。
拒否できるトーンじゃない。
「何」
「確認。
今日は寄り道しないよね?」
確認。
これも正しい。
「しない」
「ありがとう。助かる」
彼は笑った。
心底、善意の笑顔だ。
「みんなの不安を減らしたいだけなんだ」
不安。
また出た。
「卍くんは特別だから」
続ける。
「君がちゃんとしてくれると、みんな安心する」
――来た。
胸の奥が、微かに軋む。
「特別、ね」
俺は曖昧に笑った。
彼はそれを肯定と受け取ったらしい。
「これからも、協力よろしく」
去り際、彼は周囲に聞こえるように言った。
「ほら、卍くんも分かってくれてる」
空気が、一斉に安堵する。
――完成。
正しさが、人を従わせる形になった。
レンが横に並ぶ。
「……嫌な役、背負わされてんな」
「いつものことだろ」
「でも今回は」
レンは言葉を選ぶ。
「お前が“盾”じゃなくて、“旗”にされてる」
旗。
振られるやつだ。
「正しい側の象徴」
レンが続ける。
「あいつら、自覚ないぞ」
「知ってる」
自覚がないから、止まらない。
校門を出ると、夕焼けが滲んでいた。
「なあ、万次郎」
レンが言う。
「お前、あれ止められるか?」
「……止めたら」
俺は答える。
「今度は俺が“正しくない側”になる」
「だな」
だから、俺は止めない。
正しさを振り翳す者は、
自分が刃を持っていることを知らない。
そして――
その刃は、いつか必ず血を見る。
俺はその時、
また全部を引き受けるんだろう。
「……やれやれ」
軽口を叩いて、歩き出す。
人柱は、
刃が振り下ろされる場所に、
先回りして立つだけだ。
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