第4話 校則という名の神託
翌朝、校門の前に張り紙が増えていた。
《生活指導部より》
《当面の間、放課後の不要な立ち寄り・寄り道を控えること》
《複数人での行動を推奨する》
――“推奨”。
強制じゃない。
命令でもない。
でも、空気はもう出来上がっている。
「……増えてんな」
レンが、貼り紙を見上げて言った。
「神託みたいなもんだな」
俺は欠伸混じりに答える。
「神、安売りしてるな」
「いつもだろ」
校内に入ると、動線が変わっていた。
風紀委員が立っている。
笑顔で。
ちゃんと“正しい顔”で。
「おはようございます!」
「協力、ありがとうございます!」
協力。
いい言葉だ。
俺が通ると、風紀委員の一人が一瞬だけ視線を送ってくる。
敵意はない。
確認だ。
――ちゃんと従ってるか。
教室の空気も、昨日より少し硬い。
誰かが遅刻すると、
誰かが小声で言う。
「今、そういうの良くないよ」
注意じゃない。
叱責でもない。
“正論の共有”。
レンが俺の机に肘をついて言った。
「息苦しくなってきたな」
「前からだろ」
「いや、今はちゃんと理由がある息苦しさだ」
理由。
それが一番厄介だ。
昼休み、購買へ向かう途中。
廊下の角で、女子二人が揉めていた。
「だから言ってるじゃん、放課後寄り道ダメなんでしょ?」
「ちょっとくらい――」
「ルールはルールでしょ」
その言葉に、周りが頷く。
誰も止めない。
誰も疑わない。
正しさが、すでに共有財産になっている。
俺は足を止めなかった。
止める理由も、止める権利もない。
「……早ぇな」
レンが呟く。
「何が」
「完成するの」
完成。
そうだ。
信仰は、完成すると一番危ない。
午後の授業が終わり、帰り支度をしていると、
クラスの女子が俺に声をかけてきた。
「ねえ、卍くん」
「何」
距離は一定。
丁寧な口調。
「放課後、一人で帰らない方がいいと思う」
「……なんで」
彼女は少し困った顔をしてから、言った。
「万が一のため。
みんな、心配してるから」
心配。
俺は笑いそうになって、やめた。
「ありがとう」
そう言って、鞄を持つ。
その背中に、安心した空気が流れる。
――よかった。
――ちゃんと分かってくれた。
分かってない。
でも、それでいい。
廊下でレンが待っていた。
「送られる側の気分は?」
「最悪」
「だよな」
校門へ向かう途中、視線がやたらと集まる。
見張りじゃない。
監視でもない。
見守り。
それが、一番タチが悪い。
「なあ、レン」
「ん」
「これ、誰が悪いと思う」
「誰も」
即答だった。
「だから厄介なんだろ」
「だな」
校門を出る。
外の空気は、少しだけ軽い。
でも、胸の奥に残る重さは消えない。
学校という箱庭の中で、
正しさはもう“神”になった。
校則は神託で、
善意は免罪符で、
疑問は異端だ。
俺はそれを、吸い込める。
でも――
吸い込むほど、
俺の中に溜まる。
「……そのうち来るな」
俺が言う。
「来るな」
レンも言う。
何が、とは言わない。
信仰が、
“誰かの武器”になる瞬間。
その時、俺は――
きっと、いつも通りだ。
飄々として、
軽口を叩いて、
全部を引き受ける。
それが、
この学校で“正しい”俺の役割だから。
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